【第172回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第172回】柚月裕子『誓いの証言』
歯切れが悪い言い方しかしない徳田に、大橋の苛立ちは頂点に達した。
「もういい、直接、行ってみる」
大橋は四人に背を向けて走り出した。
「待て! いまアキちゃんを呼びに行っているから、来たら一緒に行こう。ひとりじゃ危ない!」
戸井が大橋を引きとめる。しかし、大橋は足を止めなかった。閉じられている門の脇からなかへ入り、丁場へ続く坂を駆けあがる。
「もう、だめだって言ってるのに。おい、大さん、待てよ!」
後ろから戸井が追いかけてくる気配がする。大橋は全身に打ち付ける雨を払いのけながら、前に進む。
地面がむき出しの坂は、降った雨水が上から川のように流れてくる。足を取られないように注意しながら、必死に坂を上る。
やがて、採掘場のところまでやってきた。足を止めて、乱れた息を整えながらあたりを見回す。
「原じい、原じい!」
大橋は名前を叫ぶ。返事はない。聞こえてくるのは、ときおり遠くから響いてくる雷鳴と、強い雨音だけだ。
激しく降る雨の向こうに、必死に目を凝らす。
すると、ひと気のない岩場に黒い塊が見えた。
人だ。人が倒れている。
大橋は滑る岩場を、這うようにしながら倒れている人に近づいた。
人はうつ伏せに、顔を横に向けた状態になっていた。その顔を見て、大橋は息をのんだ。
原じいだった。
雨でずぶ濡れの手足は、変な形にねじ曲がっていた。頭部を傷つけたのか、そのあたりの地面が血で赤く染まっている。血は雨によって流されていくが、かなり出血しているらしく地面は赤いままだ。
(つづく)
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