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連載

真藤順丈「ビヘイビア」 vol.35

カレンを突然さらって行った男たち。なんとか追いつき無理やり止めた車から、数人の男たちが降りてきた。 真藤順丈「ビヘイビア」#9-4

真藤順丈「ビヘイビア」

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「どけよ」
 冷蔵庫のような肩幅の巨漢、コーンロウを編んだギャングスタ風、繊維の束のような筋肉質の腕を半袖のシャツから突きだした長身の男。こわもてのラテンやヒスパニック系だった。日本人のレイシストではない。カレンのファンクラブでもなさそうだけど、街路でいきなり車に引っぱりこまれるようなトラブルの種を自国から持ちこんだということか。
「なんだよ、おい」とコーンロウが英語で言った。「派手な真似をしといて、震えあがって車から降りてこねえのか、なんなんだお前ら」
 強引に引きずりおろされた。ぶちのめされそうになって城之内はあうあうあとパニックになっている。ガフもおなじだったが、パニックでも逆上寄りのパニックだった。「向こうで見たよ、女をさらうところ」と叫んでしまった。「彼女はぼくたちの依頼人だ」
「信じられるか」コーンロウが仲間に言った。「こんな鶏ガラが姫を救出か」
「見られたなら」冷蔵庫がせせら笑った。「お前、始末しなきゃなぁ」
「警察も呼んだよ、警察!」
「おい、早くしろよ」そこでワンボックスから声が聞こえた。
 ガフはとっさに野太い腕をすり抜けて、スライドドアに駆け寄った。カレン、と叫びながら車内を覗きこむ。縛られても衣服を裂かれてもいなかったが、カレンは座席の奥で全身を縮こまらせていた。そのかたわらにラテン系の男が座っていた。
 恐ろしいほどハンサムな男だった。チャコール・グレー地にチョークストライプのスーツ、襟元の開いたシャツ、耳にダイヤモンドのピアスがついている。カレンが吐きつらねるせいを、生ゴミ処理機の音を聞くように聞いていたが、飛びこんできたガフに視線をくれると、賞味期限切れの食品を嗅ぐように顔をしかめた。ガフはその顔にどこか見覚えがあるような気がした。
 英語とポルトガル語が入り乱れる。男がガフに、カレンが男に言葉を浴びせる。城之内が首を絞められてぐえええと唸り、飛んできた他の男たちがガフを押さえつける。
「ほらな、あたしには用心棒がいるって言ったろ」カレンが男に叫んだ。
「お前、ベトナム? 警察呼んだってマジかよ」その男がガフに吐き捨てた。
「ガフ、大使館に電話して。こんなやつは強制送還させて!」
「おれはこの売女ビツチに話があるんだよ、警察に用はねえ」
「それかママ、ママたちを呼んで」
「お母さんを?」
「こいつ、あたしの兄貴」

 実の妹を、拉致まがいに連れ去るだけのことはある。
 アシュレイ・ケン・オリヴェイラは、リベルダージきっての親不孝者と呼ばれていた。
 アッシュと略称で呼ばれ、オリヴェイラの踊り手パシスタ・マスクリーノだったが、妹ばかりが喝采されるカルナヴァルなんてくそだ! と二十代半ばから本音を隠さないようになり、家名に泥を塗るような傷害や詐欺事件を起こし、あげくに母のベアトリスから事業名目で借りた六〇万レアルを返済しないままに家も国も飛びだした。数年をへだててでは、アジアやヨーロッパのいたるところで宣材写真コンポジツトが配られるブランドモデルとなっていた。
 優美な容姿の兄と妹ながら、アッシュとカレンの骨肉の争いはリベルダージでも知らない者はなかった。自分の友達をヤリ捨てにする兄に激怒したカレンが、アッシュのクローゼットの全部の服にオオカミのおしっこをぶちまけた。アッシュはその報復に、公衆の面前でカレンのビキニトップのひもをはさみで断ち切った。アッシュは妹のエクステを燃やした。誕生日に買ってもらったオーディオ・セットをバットで破壊されたとき、カレンは兄の左耳を嚙みちぎりそうになった。カルナヴァルの最中にも兄妹喧嘩はしばしば巻き起こった。カレンがてつきんで兄の頭を殴ると、アッシュはタンガを引き裂きながら妹の身体をかつぎあげて、観衆の中にぶん投げた。
 あれはオリヴェイラの面汚し。そもそも男パシスタとしても三流か四流。カレンはエスタンダルチ・ヂ・オウロの受賞スピーチで兄をぼろくそにディスった。
 アッシュはそのころ付き合っていたエスコーラの男たちにあることないこと吹きこみ、誰にでもやらせると流言をばらまいて、その結果、噂を真に受けた一人の打楽器奏者バテイアーノが練習中のカレンに襲いかかった。近所の男たちが駆けつけたことでごうかんは未遂に終わったが、この奏者の口からアッシュの黒い交友関係が暴かれることになった。
 近年、サンバ・カルナヴァルがあまりに観光や商業に偏りすぎたことで、とりわけ治安のよろしくない都市では、賭博や麻薬売買を牛耳っている犯罪組織とほとんど同化したエスコーラが少なくなかった。アッシュはその犯罪エスコーラのひとつに食いこんで、組織内の地位を上げるための上納金や接待、麻薬の販売網の整備などにベアトリスの金を溶かしていた! その後、組織にもいられなくなるヘマをやらかしたのか、アッシュは故郷を捨てて世界に飛びだしたが、どんなに泣きつかれても絶縁をしつづけなきゃいけない、何があっても甘い顔をしちゃいけないと声を大にして家族に訴えているのがカレンだった。

「おお、いっそすがすがしいほどのどら息子だな!」
 城之内はそこまで聞いて、ほとんど感嘆の声を上げていた。
 家族の恥部を、オリヴェイラの者はすすんで部外者に話そうとしない。
 鹿賀によれば、アッシュは使いこんだ金を一レアルも実家に返していないという。
 ホテルの部屋は、戦場になっていた。
 電話でしらされて、火がいたようにすっ飛んできたベアトリスやたちによってアッシュは逃げる間もなくあべこべに拉致され、平手打ちを浴び、テーブルが倒れる勢いで蹴倒され、そうされている間もに怒鳴られ、実の母によって首を絞められた。
「頼むから、今度こそちゃんと死んでちょうだい」
悪魔の息子フイーリヨ・ド・デイアボ!」
「オリヴェイラの汚点!」
「モデルで稼いでいるなら、母さんからせしめた金を返せ」
 ガフたちは部屋の入口でおろおろするしかなかった。カレンなんて愚兄の顔なんて見たくもないとばかりに鍵を閉めた寝室にこもってしまった。
 アッシュがモデルを務めるブランドの看板ビルボードを、昼のうちに飯倉片町でも見ていた。恐ろしいほどの美形だけど、目を離した瞬間にどんな容姿をしていたかを忘れてしまうタイプ。放っておいても顔や名前が世界に知れ渡っていくようなカリスマは望むべくもない。だからこそプライベートでは悪党ぶっているんじゃないかとガフには思えた。
「お兄さんが日本に来てたのって……」ガフは鹿賀に聞いた。
「ええ、偶然みたいですね」
「妹を連れ去って、どうするつもりだったですか」
 たまたま家族が人探しに訪れていた国に、たまたま家を出たきり音沙汰のなかった長男が来ていた。百歩譲ってそれが偶然だとしても、アッシュはどこから妹たちが来日していることを聞きつけたのだろう。どうして連れ去ろうとしたのかもアッシュは口を割ろうとしなかった。行方のわからない高齢の日本人を探す依頼のはずが、ガフはなにかとてつもなく面倒な、サンバをめぐるお家騒動に巻きこまれたように感じはじめていた。
 母やの手をふりはらうと、アッシュは襟元の乱れを正して、「こうなるから来たくなかったんだろう」と吐き捨てた。
「あんた、話はまだ終わってないよ」
「騒ぐなって、ママ。また来るから」
「待ちなさい!」
 そうしてほとんど逃げ去るように、ホテルの部屋をいらだたしげに出ていく。眉間をこわばらせて「……わかってるな、ビッチ!」とカレンの寝室のドアを殴りつけ、すれちがいざまにガフや城之内や鹿賀を一人ひとりにらみすえていった。
 ベアトリスは、不肖の息子を恥じ入るようにガフたちに力なく笑いかけ、ふいにぐったりしてソファに座りこみ、たちにの手を添えられた。カレンやその母に、ガフは問いかけてみたかった。本当はもっと他に解決すべき事柄があるのでは? 風祭喜久子を探すのはオリヴェイラの家にとって、追憶や望郷の想いにすがることで現実の問題から目をそらそうとするふるまいなのかもしれない。そんなことないですか、あなたたちはなにかしら、途方もない現在進行形の因果を抱えこんでいるんじゃないですか──
「あの子は、〈勝ち組〉の亡霊モルトに憑かれているのよ」
 こころもとない声音で、ベアトリスが語りだしていた。
 はあ、勝ち組ってなんでしょう?

▶#10-1へつづく
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