menu
menu

連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.24

【連載第24回】東田直樹の絆創膏日記「テレビの中の僕」

東田直樹の絆創膏日記

自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす25歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第23回】東田直樹の絆創膏日記「子どもだって嘘をつく」

 自分が出演したテレビ番組を見るまで、僕自身は自閉症である自分の言動が、
どれほど普通の人と違うのかということに、気づいていなかった。
 僕がテレビのドキュメンタリー番組で最初に取り上げられたのは、13歳の時である。
「ほら、直樹だよ」と家族に教えられて初めて、僕はテレビに登場した少年が
自分だと知った。びっくりしたという言葉では言い表せないほど驚いた。
 両親も一緒に映っているのだから、これは僕なのだ。いつも鏡で見ている自分とは違って見えるのが不思議だった。それにもまして衝撃だったのは、言動の可笑しさだ。意味不明の言葉を発し、動き回る。やっている仕草が、2~3歳の幼児と同じなのである。自分がしているにもかかわらず、自分の言動を奇妙に感じた。
「どうしてあんなことをするのだろう」僕はテレビ番組を物珍しげに見続けた。他の人から、なぜ障害児だと言われるのか、自分でもようやくわかった瞬間だった。
 僕はしばらく、ふさぎ込んだ。将来が真っ暗に感じた。現実を受け止めるには、僕は子供過ぎたのだ。自分は人の目にこんな風に映っていたのだと思うと、悲しくて仕方なかった。
 今となれば、全てが思い出だ。
 それからも何度かテレビに出演した。テレビの中の僕は相変わらずだが、テレビを見る僕は変わった。落ち込むことがなくなったのだ。少しずつ自分のことを受け止められるようになったのだと思う。
 いいじゃないか、みっともなくても、これが僕なのだ。そう考えられるようになった今、僕も笑顔で番組を見ている。

 自分自身を責めることはないだろうか。
 失敗して反省したり、涙ぐんだり、どうしようもないことだったと、あきらめようとしても、次から次に後悔せずにはいられない。それで、問題が解決するわけではないのに、他に方法が見つからない。自分を責めるなんて、悲しいことである。
 能力が足りなかったのだ、僕はだめな人間だと悶々と悩む。これ以上ないところまで落ち込んだあとは、もがきながら少しずつ浮上する。揺れ動く心が沈没しないよう顔を上げる。明かりを求め、前を向く。
 もう少し何とかなったのかもしれないと思うのは、僕の希望的観測だったのだろうか。自分で出来ることは、思いの外、限られていたのではないか。そんな風に自分を慰めてみる。
 後悔しないように毎日を送ればいいと言う人もいる。けれど、それが難しいのである。後悔というのは、やってみて初めて感じる気持ちだからだ。
 反省すべき点はあっても、僕が自分を否定してはいけない。
 後悔を繰り返す自分は、どうしようもない奴だ。いや、違う。
 後悔というのは、自分を悪者にする考え方だ。みんなが僕を責めても、僕は僕の味方であり続けよう。
 後悔を恐れず、前に進め!
 僕は僕を励ます。自分で自分の背中を押す。
 後悔しないために、昨日の自分を責めないために、僕が僕であるために。

 風の強い日は、部屋の中にいても、ピューピュー音が聞こえる。恐らく隙間風だろう。
 窓の外を見ると、木々が揺れ、店先に置いてあるのぼり旗がひらひらとはためいている。風の強さを、僕は目でも確認した。
 事実として物事を把握できると安心する。「分かる」ことでほっとする。視・聴・嗅・味・触の五つの感覚、人は五感で外界の状態を認識するという。
 風が強いかどうかなんて、日常生活においては、それほど影響はない。でも分かることによって、今、自分がこの世界で生きていることを、僕は実感するのである。
 見たり、聞いたりすることだけではない。外に出れば、五感の全てで僕は風を受け止めているのだ。
 風の流れを知ったとたん、体中の細胞が活気づく。
 体と心はリンクするのか。自分の意思で行動をコントロールできない僕は、そんな疑問をいつも抱いている。
 風の強さを知るだけで、そわそわする。心以上に体が反応しているのかもしれない。
「君は何を望んでいるの?」
 心せく僕が体に問いかける。
 パンパンパンと手を叩き、僕の体がピョンピョン跳ねた。

 春なのに夏のような気温である。
 どうしてこんなに暑いのか不思議だ。これでは人間だけでなく、植物や動物も大変だろう。
 専門家の人たちの中には、地球の温暖化を指摘している人もいるようだが、人間が心配したところで、どうしようもないことだけに不安がつのる。
 人間が出来ることなんて限られているのだと、しみじみ思う時がある。にもかかわらず、数十年後までも見通して開発を進める人々。賢いのか愚かなのか、わからない。
 人間は綿密に計画された将来像の実現のため、先の先まで考え抜く。けれど、そこに予測不可能な天変地異は含まれていない。
 災害が起こらないことを神に祈り、自分たちの幸せのために明日を夢見る。古代から人間がやって来たことは、さほど変わっていないのではないだろうか。
 異常気象は地球上の生物の生命の危機にもつながる一大事だ。
 少しずつ変化している天候をいち早く察知し、他の動物たちは、すでに遺伝子レベルで対応を始めているかもしれない。
 何か起きた際、一番慌てるのが人間だ。
 春は春らしく、夏は夏らしくあってほしい。それが、今生存しているものたちの願いだと思う。
 4月に気象予報士から「今日は夏日でした」と言われても、ぴんと来ないうえ、地球は大丈夫かと動揺する。「夏日」という言葉を聞かなければ、未来に対する危惧も少し減るのだろうか。


関連書籍

MAGAZINES

カドブンノベル

最新号
2020年3月号

2月10日 配信

怪と幽

最新号
2020年1月号

12月19日 発売

小説 野性時代

第196号
2020年3月号

2月13日 発売

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP