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連載

佐藤 究「テスカトリポカ」 vol.11

【特別公開】最凶の化け物の逃避行! 鬼才・佐藤究がアステカの呪いを解き放つ!「テスカトリポカ」#11

佐藤 究「テスカトリポカ」

※本記事は「カドブンノベル」2020年12月号に掲載された第一部の特別公開です。

鬼才・佐藤究が三年以上かけて執筆した本作は、アステカの旧暦に則り、全五十二章で構成される。
時を刻むように綴られた本作の第一部十三章を、直木賞、山本周五郎賞受賞を記念して特別公開する。  

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11 mahtlactli-on-cë

 儀式のスケールは栄華を誇ったアステカ王国の時代に遠くおよばなかったが、唐辛子チレのひとふさのように小さくささやかな祈りでも、欠かさず神々に捧げなければならない。
 リベルタは夫に隠れて、アステカの祭祀暦トナルポワリで日と週をかぞえ、神々を思った。月と年をかぞえるには太陽暦シウポワリを使った。本当は毎月二十日ごとに祝祭を催すべきだったが、もちろんそれはかなわなかった。
 一年のなかでもっとも暑い五月は、人々が独立記念日のある九月や、クリスマスのある十二月を重んじているように、リベルタにとって何よりも大事な月だった。雨の降らない乾季がようやく終わりに近づくと、の太陽はみずからを燃やし尽くすように、さらに激しく照りつける。怖ろしいまでに空が青く輝き、土から水が奪われていく。耐えがたい猛暑、作物に死をもたらす乾燥、それらが頂点に達する五月に、テスカトリポカが君臨している。かつてその神のためにとりおこなわれた大祭は、一年かけて入念に準備がされ、五月の名と同じく〈トシュカトル〉と呼ばれていた。

 カテマコに暮らしていたリベルタは、六歳になったある日、老いた村長に呼びつけられた。
 二人は湖の岸を並んで歩き、少しずつ遅れだした村長はやがて立ち止まり、こう語りだした。「おまえのご先祖様はな、アステカ王国でテスカトリポカ様に仕えた神官トラマカスキだったよ。そればかりかジャガーオセロトルの戦士団を率いる部将でもあった。神官トラマカスキと戦士を兼ねるのは、トラトアニになるのと同じくらい名誉なことだ」
「テスカトリポカ──」とリベルタはつぶやいた。呪術師にいろんな神々を教わっていたが、それははじめて聞く名前だった。そして自分の本名に似ている、と思った。
「おまえも知っているとおり、黒曜石を磨いて、アステカ人は鏡を作る」と村長は言った。「鏡のことは〈テスカトル〉といった。黒のことを〈トリルティク〉といった。けぶるというのは──」
「〈ポポカ〉でしょ」
「かしこい子だ。テスカトリポカ様の名は、この三つの言葉でできておる。わしは昔、この村に来たアメリカ人グリンゴの考古学者がテスカトリポカ様のことを〈煙った鏡スモーキング・ミラー〉と呼んでいるのを耳にした。まったくあいつらときたら、何にでも自分たちの言葉で名づけたがる。さて、リベルタ、おまえの名前──鏡の雨テスカキアウイトルに入っておる〈テスカ〉の一語は、おまえがご先祖様の血を受け継いだあかしだ。そうでない者が〈テスカ〉の一語をたやすく名前に加えるわけにはいかん。たしかにおまえの家族は貧しい。父も、母も、とても苦労しておる。しかし、おまえたちは特別な一族だ。貧しくともそのことを忘れるな」
 家に帰ったリベルタは、汗まみれで家畜の世話をしている父親のところへ行き、村長に聞かされた話を伝えた。六歳の娘が「テスカトリポカ」と言った瞬間に父親は顔色を変えて、飼料のかごを放りだし、周囲に誰もいないのをたしかめた。父親は娘を納屋の奥へ連れていき、幼い目をじっと見つめて告げた。
「その神様の名を口にするんじゃない」
 ささやき声だったが、父親は怒っていた。なぜ怒られるのか、リベルタにはわけがわからなかった。立派なご先祖様を誇りに思うべきだ。神様のことを隠す理由は何もない。
 父親は娘の顔を見つめつづけた。やるなと言ったことをやるのが子供だった。父親は言った。「どうしても名を口にするときには、小声で『夜と風ヨワリ・エエカトル』と言いなさい。同じ神様の名だ。いいか? 本当の名は声に出すな。胸のなかにしまって鍵をかけておけ」
 ずっとあとになって、成長したリベルタは、父親の気持ちがわかるようになった。父親は怒るというよりも怖れていたのだった。テスカトリポカの名を娘が口にすることで、征服者コンキスタドールによって眠らされた怖るべき神が地の底からよみがえり、ふたたび力を持つのではないか──そうしていた。あの神が目覚めれば、乾季の終わりの大祭〈トシュカトル〉も復活してしまい、娘の心臓がえぐりだされかねない。呪術師の声を借りて神が娘の心臓を求めれば、もう拒むことはできないのだ。なぜなら、われらは彼の奴隷テイトラカワンだからだ。
 そして老いた村長は、何も気まぐれで昔話をしたのではなく、「テスカトリポカ様を敬えば、力が与えられ、おまえの家は貧しさから抜けだせる」と娘をとおして父親に暗に助言を授けたのだった。
 だが、リベルタの父親はそんな力を望んではいなかった。あの残酷なアステカの神を古代から目覚めさせるよりは、貧しい暮らしを送ったほうがましだ、と思っていた。

 五月になって、リベルタはベラクルスの市場メルカード帽子ソンブレロをかぶって出かけ、生きている雄鶏ガジヨを買った。行商人は針金のゆがんだ安っぽいかごに雄鶏ガジヨを入れてリベルタに持たせた。つぎに彼女は土を焼いたはちを買った。直径は十センチほどで、側面にアステカ風の髑髏の浮き彫りがほどこしてあった。出土品レプリカレプリカ・デ・ピエサス・アルケオロヒカスと呼ばれる商品で、観光客向けのみやげ物だった。
 飛べない羽で激しく羽ばたき、やかましく鳴きつづける雄鶏ガジヨを屋敷の裏庭に連れていき、嫁入りのときカテマコの家から持ってきた麻袋を開けて、黒曜石のナイフを取りだした。石器時代のような荒削りの道具だったが、雄鶏ガジヨの首を切り落とすのは造作もなかった。リベルタは殺した雄鶏ガジヨを逆さにぶら下げて血抜きをした。こぼれてくる血をブリキのバケツにためこみ、雄鶏ガジヨの羽根をむしり取った。胸に黒曜石のナイフを押し当て、深くえぐり、ウズラコドルニースの卵よりひとまわり大きな雄鶏ガジヨの心臓を取りだした。
 土器の鉢に載せたコパリに火をつけ、香煙が漂ってくると、いけにえの心臓をその上に重ねた。ブリキのバケツにためた血を心臓と煙に振りかけ、神の名を口にした。神は夜と風ヨワリ・エエカトルという名のほかに、双方の敵ネコク・ヤオトルという名を持ち、さらにわれらは彼の奴隷テイトラカワンという名を持っていた。その名はアステカ人にとっての神の偉大さを示していた。それは神がみずから名乗るものではなく、人間からの呼びかけでしかない。つまり、。ただ人間が神を讃え、祝い、服従を表明するだけだ。
 コパリが溶け切ってしまう前に、リベルタは黒曜石のナイフを鉢の前に置いて、神の本当の名をささやき、祈りを捧げた。

テスカトリポカ様。
すべてのものが乾く季節が終わり、雨の神トラロック様がふたたび
空をお歩きになられるよう、どうかお取り計らいください。
アステカの末裔に生きる糧をお与えください。
誇り高い死を迎える日をお許しください。
あなたは偉大な夜と風ヨワリ・エエカトル
われらは彼の奴隷テイトラカワン
テスカトリポカ様。

 麻袋から取りだした死の笛シルバト・デ・ラ・ムエルテを短く吹いて儀式を終えると、リベルタはの痕跡がカルロスに見つからないように、心臓を載せた鉢を丸ごと土に埋めた。もし見つかれば、激昂した夫はリベルタを魔女とののしり、悪魔祓いの神父を家に呼びつけ、そして彼女が一人で市場メルカードに行くことを二度と許さないはずだった。
 供え物を土に埋めることは、少しも無駄ではなかった。地の底にはミクトランテクートリが暮らしていた。テスカトリポカの力にはおよばないが、さまよう魂が落ちてくる冥界を支配する神だった。
 雄鶏ガジヨの丸焼きが夕食に出されても、カルロスは何の疑いも抱かずにナイフとフォークをうごかした。リベルタは口をつけず、料理を夫に切りわけるばかりで、自分はずっとスープを飲んでいた。あまった肉は家政婦たちの胃に収まった。

 町の教会に通い、いつわりの十字を切る日々のうちに、リベルタは子を授かった。最初は男の子で、二年後に女の子を生み、翌年にまた女の子を生んだ。
 長男のイシドロは父親に溺愛され、雇い主の顔色をうかがう家政婦たちにも甘やかされ、とにかく何でも他人に頼る性格に育っていった。村育ちのリベルタには考えられない境遇だった。貿易会社を継げるような男になれるとは到底思えず、この子はきっと苦労する、と息子の将来を案じてため息ばかりついた。
 たしかに怠け者だったが、イシドロは観察眼が鋭く、ときおり皮肉屋になるところがカルロスに似ていた。彼は母親がアステカの神々を慕っていることに気づき、わざと聞こえるように独りごとを言った。「嫌だなあ、僕は地獄行きだ。だってかあさんマドレが黒魔術をやってるんだもの」
 夫の怒りと世間での風評を警戒するリベルタは、アステカの神話を子供たちにいっさい聞かせなかった。
 ある日、二人の娘を連れて市場メルカードに出かけ、路地に座ったインディヘナの男の前で娘が足を止めた。
 男は四十センチ四方の板に細かな模様を彫っていた。観光客だけではなく、外国の水夫たちも男の巧みな技術に見とれて、まだでき上がってもいないのに、値段の交渉をはじめる者まで現れだした。
「すごいね。あれ何だろう?」と娘は母親に言った。
 訊かれたリベルタは、困ったような顔で首を傾げた。「さあ、何だろうね」
 心のなかで、リベルタはこう答えていた。
 ──あの男が彫っているのはトラルテクートリといって、怖ろしい大地の怪物だよ。ベラクルスの港を行き来するどんな商船よりも大きいのさ。くじらよりも大きいよ。手のつけられない暴れ者で、言葉も通じない。しまいには、戦士の姿をしたテスカトリポカ様と海で戦うことになって、八つ裂きにされたよ。それでも死ななかったけれどね。テスカトリポカ様の片足を食いちぎったほど強かった。怪物だけれど、あれもアステカの神様なのさ──
 男は神の姿をじつに器用に彫った。リベルタはいつか話してみたい欲求に駆られたが、モクテスマ二世の玉座の装飾を再現した出土品レプリカレプリカ・デ・ピエサス・アルケオロヒカスを売る男を見たのは、それが最後だった。

 カルロス・カサソラは順調に事業の利益を上げ、前途には何のうれいもなかった。持病もなく、長いあいだ風邪すら引いたことがない。
 死の予兆は突然にやってきた。大量の銀とターコイズを積んで出港するカサソラ商会の船を見送った帰り道、路地を駆けてきた野良犬に右手を咬まれた。
 傷は浅く、カルロスは自分で手当てをしたが、漁師のたもあみを借りて野良犬を捕まえた水夫が、「こいつは獣医に調べてもらったほうがよさそうです」と言った。水夫は犬の様子を見て病気だと思い、その病気の恐さをよく知っていた。
 野良犬は役所に引き渡され、やがてベラクルス市の保健課からカサソラ商会に連絡があった。「犬は狂犬病を発症しており、きようそう期の状態にありました」と職員は言った。
 カルロスは病院へ行き、傷口をあらためて洗浄し直してもらった。病原は犬の唾液中にあった。医学の進歩にもかかわらず、狂犬病ウイルスはなおも死の鎌を振るっていた。
 神に祈った一ヵ月の潜伏期間がすぎて、カルロスは狂犬病を発症した。風邪に似た高熱、こうしようの痛みを訴え、卒倒して病院に担ぎこまれ、病室で目覚めると、ウイルスに侵された延髄の生みだす幻覚に襲われて絶叫し、猛烈に暴れだした。
 よだれを垂らして、悪魔に憑かれたようにわめく夫が、防護服を着た看護師たちに引きずられていった。その光景を眺めたリベルタは思った。アステカの神に呪われたんだわ、と。
 暦を見ればあきらかだった。カルロスが港で狂犬病の犬に咬まれた日は〈ミキストリ〉、髑髏の象徴シンボロが支配する十三日間トレセーナの一日目。つまり、死神がやってきたのだ。

 狂犬病にかかった者は、喉の筋肉の過剰なけいれんによって、えん障害に苦しめられる。何かを飲みこむと激痛が走るため、いつしかグラスに注がれた水を目にしただけでもパニックを起こすようになる。恐水症とも呼ばれるのはそのためだった。悪魔祓いの神父が振りかける聖水、その容器を見て拒否反応を起こすのは言うまでもない。医者の制止を聞かずに病室に現れた神父を見たカルロスは、神父の胸の十字架を見て聖水のことを本能的に思いだした。恐怖に顔をゆがめ、身もだえし、「来るな、近づくな」としゃがれた声で懇願して、それから神父を口汚くののしった。

 幻覚、錯乱、絶えまない喉の渇き、苦しみ抜いたカルロスは、家族に別れを告げることもできずに死んだ。暦を見たリベルタは総毛立った。神の呪い、先祖の怒り。夫が死んだ日は〈コアトル〉の象徴シンボロで開始された十三日間トレセーナの六日目で、〈六の犬チカセー・イツクイントリ〉の日であり、その日の支配者は死神ミクトランテクートリだった。すなわちカルロスの魂は死神の寄こした犬によって、〈地底世界ミクトラン〉へとむりやり連れ去られたのだ。本来そこは自然死した者の魂が旅を終えてたどり着く、地下空間の最下層だった。迷える魂はそこで消滅する。しかし、おそらくミクトランテクートリは、カルロスを出口のない無限の迷路に追いやるつもりでいた。永遠の苦しみが待つ異界へ。
 怖ろしい符合はまだあった。それは夫の死んだ週、十三日間トレセーナ全体の象徴シンボロが〈コアトル〉だということだった。リベルタは、カテマコの小さな村の老村長と呪術師から、テスカトリポカに仕えた自分の先祖の名を聞きだしていた。
 王すなわち最高位の〈話す者トラトアニ〉であるモクテスマ二世に与えられたという栄光に満ちた先祖名、それは〈鏡の蛇テスカコアトル〉だった。

 母親の懸念どおりの遊び人に育った長男イシドロは、父親が金庫に保管していた遺言にしたがって、カサソラ商会を継いだ。カルロスの部下たちに経営手腕を疑われながら、意気揚々と事務所に出かけ、適当に働き、夜は飲み歩いた。
 用事もないのに仕事だと言ってほかの州に出かけ、オアハカ州に遊びに行ったとき、地元の裕福な家に生まれたメスティーソの娘、エストレーヤと出会った。半年後にイシドロはエストレーヤと結婚し、それから五人の子供をもうけた。
 みんな男の子だった。
 若くして孫を持ったリベルタは五人に愛情を注ぎ、彼らもリベルタになついた。
 ベルナルド。
 ジョバニ。
 バルミロ。
 ドゥイリオ。
 ウーゴ。

 夫を亡くしたのち、リベルタがカトリックカトリコを演じなくてはならない場面はずいぶん減ったが、やはり孫たちにはアステカの神話を聞かせなかった。息子にも嫁にも嫌がられるからだった。二人との確執を避けて、五人の孫とすごすときは、ナワトル語も使わないように注意を払った。

 カトリックカトリコの祝祭日にリベルタを囲んだ孫たちは、はしゃぎながら彼女の手を引っぱって叫んだ。
おばあちゃん、お祭りに行こうよバモス・ア・ラ・フイエスタ、アブエリータ!」
 リベルタは微笑みながら首を横に振り、「」と言って孫たちを外に送りだした。

 アステカの神々のことは、自分の胸にだけ秘めておくほうがいい。
 リベルタがその考えをあらためたのは、末っ子のウーゴが夫と同じ狂犬病の犬に襲われて、苦しみ抜いて死んだせいだった。
 末っ子のウーゴだけが、母方の祖父母とまだ会ったことがなかった。ウーゴは母親のエストレーヤに連れられて、オアハカ州へ出かけた。ちょうど七月の〈ゲラゲッツァ〉が、州都オアハカ市で催される時期だった。
〈ゲラゲッツァ〉は各地のインディヘナが集まっておこなう大規模な祭りで、多くの観光客がやってくる。リベルタも知っていたが、たいして興味はなかった。それはキリスト教徒の国になったメキシコでのエンターテインメントエントレテニミエントにすぎず、決して古い神々がよみがえる儀式ではないと思っていた。
 彩り豊かな民族衣装を着て踊る女たちを眺めていたウーゴの母親は、走ってきた犬にも、息子の泣き声にも、まったく気づかなかった。通りを満たす歌と太鼓の音だけが聞こえていた。ほかにも咬まれた観光客がいて、人々が騒ぎだしてから、ようやく息子の異変に気づいた。

 かわいそうなウーゴが犬に咬まれたのは〈一の犬セー・イツクイントリ〉の日で、またしても死の犬が顔をのぞかせていた。
 潜伏期間が経過したのち、祖父と同じように発症したウーゴは、脂汗にまみれ、苦痛と恐怖に目を見開き、水さえ飲めず、声を出せなくなると、口だけを大きく開けて無言で叫びながら、咬まれてから四十四日目の晩に息絶えた。
 それは〈アトル〉がつかさどる十三日間トレセーナの五日目で、週の背後で力を持つ神は〈翡翠の七面鳥チヤルチーウトトリン〉──テスカトリポカの仮の姿の鳥だった。そしてウーゴが死んだ〈五の葦マーキツリ・アカトル〉の日を支配するとされる神は、まさにテスカトリポカだった。

 容赦ない神の怒り、暦の突きつけてくる現実を前にして、リベルタは眠れなくなった。孫たちにアステカの神話を伝えなかったことを後悔し、泣きながら神に許しを乞うた。
 私自身が誰よりもアステカを裏切っていた、とリベルタは思った。神はその報いを孫にお与えになったのだ。夫が死んだとき、これは警告だと気づくべきだった。テスカトリポカ様に命じられたミクトランテクートリが、冥界の犬を使いに寄こしたのだ、と。
 ウーゴの両親イシドロとエストレーヤは、騒音で警察に通報されるほど激しくののしり合い、息子の死を嘆き悲しんでいたが、リベルタはもう涙を流さなかった。
 リベルタの目には、アステカの首都テノチティトランの神殿テオカリで燃え盛るかがり火が映っていた。彼女の受けた絶望の痛みはあまりに大きく、それは陶酔へと変わり、暦が教える夫と孫の死の意味は、生き生きとしたアステカの神々の声として、血が血管を流れるように体のなかを駆け巡った。
 これを伝えるために冥界からイツクイントリが寄こされたのだ。愛しいウーゴ、おまえはテスカトリポカ様のいけにえになったんだよ、おまえは名誉の死を遂げた。なぜならおまえのおかげで、私はようやく神様の考えに気づけたのだから。大事な五人の孫からおまえだけが差し引かれて、四人が残った。その意味もわかるよ。すべては運命だったんだよ。

#12へつづく
◎全文は「カドブンノベル」2020年12月号でお楽しみいただけます!


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「カドブンノベル」2020年12月号


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