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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.34

【連載小説】旅館〈M〉へ到着した。一行は久我の泊まる部屋へと向かうが……。  赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#9-2

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。

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 車は、ひなびた感じの温泉町へと入って行った。
 何軒かの旅館が、身を寄せ合うように並んでいる。道の側溝から白く湯気が上っていた。
「──〈M〉って旅館だったな」
 村上がスピードを落として、左右の旅館を見て行く。
「──村上さん! この先の右側!」
「さすがに目がいいね」
 と、村上がうなずいた。
 車を一旦その旅館の前に停めたが──。
「いや、目に付かない方がいいな」
 村上はさらに少し先まで車を動かして、空地になった所へ車を入れた。
 三人は車を降りて、旅館へ向った。
「まず僕が話をする」
 と、村上が言った。「騒ぎになるといけない。逃げられたら大変だ。君たちは旅館の表で待っててくれ」
「だけど」
 と、有里は言った。「充代さんは久我の顔を知ってるんだから──」
「だが、有里君、一人で大丈夫か?」
「ご心配なく」
「そうだな」
 と、村上は苦笑した。「何かあったら、大声を出してくれ」
「得意よ、任せて」
 有里は、村上と充代が旅館の中へ入って行くのを見てから、旅館かられてくる明りが届かない暗がりの辺りへと移動した。

「久我様……ですか」
 と、旅館の女将は小首をかしげて、「そういうお方はお泊りではありませんが」
「そういうお方って言うけど、もう何度もここに泊ってる、なじみの客のはずだ」
 と、村上が言った。「緊急の用なんだ。正直に答えてくれ」
「ですが──」
 村上が警察手帳を見せると、さすがに女将の顔色が変った。
「あの……久我様が何か……」
「事件に巻き込まれてるんだ。泊ってるんだね?」
「はあ……。でも、泊ってることは内緒にしてくれとおっしゃって……」
「久我さんが何かしたわけじゃないんだ。むしろ、久我さんの身が危いんだよ」
「分りました」
 女将はもともと大きな目を丸くして、「お部屋へご案内します」
「頼む」
 村上と充代は女将について、廊下を歩いて行った。
 曲りくねった廊下を辿たどって行く。地方の古い旅館によくある、後からの増築をくり返しての分りにくい作りだ。
 案内しながら、女将も申し訳なさそうに、
「できるだけ奥の部屋がいいとおっしゃって……。珍しいんです。大浴場には遠くなるので、いいのかな、と思いましたが」
「人に見られたくないんだろう」
「そうですね。いつもは『大浴場に近い部屋』とご注文なので……」
 渡り廊下を越えて、やっと別棟へ入る。
「ここの二階です」
 狭くて急な階段を上ると、取っ付きの部屋の戸を開けて、
「失礼します。──久我さん、女将でございます。ご用というお客が……」
 鍵のかからない、古い引き戸。
「久我さん?」
 と、女将が呼んで、部屋へ入るふすまを開けた。
 村上は一瞬緊張した。
 もしかすると、誰かが先手を打って、久我を殺してしまったのではないか、と思ったのだ。
 しかし──部屋は空だった。
「タオルがありません」
 と、女将が言った。「たぶん大浴場に行かれていると……」
 村上はちょっと考えて、
「大浴場へ案内して下さい」
 と言った。

▶#9-3へつづく
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「小説 野性時代」第207号 2021年2月号

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