本格ミステリ大賞受賞の鬼才が仕掛ける、空前絶後の推理迷宮。
『エレファントヘッド』レビュー
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『エレファントヘッド』
著者:白井智之
書評:若林踏
組み合わせの妙によって、ミステリにはまだまだ斬新なアイディアを生み出す余地はある。
白井智之『エレファントヘッド』は、謎解き小説が持つ無限の可能性に触れた気持ちにさせてくれる小説だ。ほら、アレとソレをこうやって合わせれば、新しい発想は泉のように湧き出てくるんですよ。そんな作者の得意満面な笑みが浮かんでいる気がする。
謎解き小説には多重解決という趣向がある。これは一つの謎に対して、複数の異なる推理を並べる形式のことで、白井智之はデビュー作の『人間の顔は食べづらい』以来、多くの作品でこの趣向を用いた密度の濃い謎解きを幾つも描いてきた。その最高峰というべきなのが第二十三回本格ミステリ大賞小説部門を受賞した『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』(新潮社)だろう。この作品では作中で複数の解が提示される形式に、既存のミステリにはない説得力があるのだ。謎解きが披露された後に広がる光景に圧倒される小説であった。
『エレファントヘッド』もまた、高密度の推理に酔いしれることの出来るミステリなのだが、『名探偵のいけにえ』とは少し異なる様相を呈している。物語がどういう輪郭を持っているのか、なかなか掴ませてくれないのだ。
あらすじを喋りすぎるとうっかりネタばらしになりかねないので、最小限の情報だけお伝えするに留めておく。物語の中心人物となるのは象山晴太という精神科医だ。象山は女優の季々と結婚し、舞冬と彩夏という二人の娘がいた。長女の舞冬は大学に通う傍ら、音楽ユニット “アカダマ”のボーカリストとして活動している。次女の彩夏はアルバイトに勤しむ高校生で、夏休みともなれば朝から晩までバイトに明け暮れている。妻も子供もそれぞれの人生を謳歌し、象山自身もこの上なく幸せを感じていた。だがその反面、象山は感じていた。どんなに幸せな家族も、たった一つの小さな亀裂から、あっという間にがれきに変わってしまうと。
具体的な内容を書けるのはここまでだろう。象山の不安が暗示するように、このあと物語は目まぐるしい変化を続け、読者を惑わせる。余りにも目の前で展開する光景が変わるので、この小説が一体どの方向へと進んでいくのか皆目見当が付かないのだ。やがて象山の身にあるとんでもないことが起こった時、読者の困惑は頂点を迎えることになる。そして更に読み進んでいくと、いつの間にかれっきとした謎解きミステリに変貌していることに気付くはずだ。謎解きの構築だけではなく、捉えどころのない展開で読者を物語に没入させる力にも白井は秀でているのである。
引き続きネタばらしに気を付けつつ、謎解きの部分について少し踏み込んだことを書く。本書は5W1H、すなわち「誰が」「いつ」「どこで」「何を」「何故」「どのように」という謎が複数提示され、それに対して数多の推理が繰り広げられる。特に本書で作者が力を入れていると思うのが「どのように」という問いだ。いわゆる不可能状況下における謎解きについて、作者は複数の趣向を掛け合わせることによって、様々なバリエーションの魅力的なアイディアを創出することに成功している。その趣向とは何か、についてはもちろん言及しない。こんな組み合わせ方をすれば、既視感のある要素でも全く新しい推理の形を作ることが出来るのだと感心した、とだけ言っておこう。
もう一つ、徹底した逆算のもとにおいて書かれた謎解き小説であることを強調しておきたい。先ほども書いた通り、本書には「どのように」という謎を中心に奇抜なアイディアが多く詰め込まれている。だが奇抜な思い付きをそのまま書くだけでは説得力のある謎解きミステリにはならない。ぶっ飛んだアイディアであっても読者が納得して受け入れられるよう、逆算してアイディアを成立させるための部品を整える書き方をしているのだ。終盤で披露される推理は、その姿勢が最も極端な形で現れた例だろう。この推理には色々な意味で震えが止まらなかった。
作品紹介
エレファントヘッド
著者 : 白井智之
発売日:2023年09月26日
本格ミステリ大賞受賞の鬼才が仕掛ける、空前絶後の推理迷宮。
精神科医の象山は家族を愛している。だが彼は知っていた。どんなに幸せな家族も、たった一つの小さな亀裂から崩壊してしまうことを――。やがて謎の薬を手に入れたことで、彼は人知を超えた殺人事件に巻き込まれていく。
謎もトリックも展開もすべてネタバレ禁止!
前代未聞のストーリー、尋常ならざる伏線の数々。
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