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清純な哲学・汚濁な歴史 ――少女ダダの日記に寄せて――ヴァンダ・プシブィルスカ『少女ダダの日記 ポーランド一少女の戦争体験』レビュー【評者:中島信子】

第二次大戦、ナチス侵攻下でつづられたもう一つの「アンネの日記」
ヴァンダ・プシブィルスカ『少女ダダの日記 ポーランド一少女の戦争体験』

ヴァンダ・プシブィルスカ著『少女ダダの日記 ポーランド一少女の戦争体験



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清純な哲学・汚濁な歴史 ――少女ダダの日記に寄せて

【評者:中島信子】

 5月10日(水)の朝日新聞1面の見出しには、プーチン氏「再び真の戦争に」の特大文字があり、国際面にはイスラエル軍がパレスチナ自治区ガザ地区を空爆し子ども4人を含む13人が死亡とある。昨年2月のロシアによる侵攻以来、ウクライナの惨状が報道されない日はない。これにスーダンの内戦も加わった。なぜこうも子ども達を巻き込んだ戦争が繰り返されるのか、未来に光を見出せない中、1965年に単行本で刊行し新書版で復刊された『少女ダダの日記』を手にした。

 第二次大戦期ナチス・ドイツに国を奪い取られたポーランドのヴァンダ・プシブィルスカという少女の戦争体験の日記である。ダダはヴァンダの愛称で、日記には1942年から44年まで、12歳から14歳の戦時下の日々が綴られている。

 帯にはもう一つの「アンネの日記」とある。アンネは日記帳を友キティーと名付け心躍らせるが、3ヶ月後には(ぜったい外に出られないってこと、これがどれだけ息苦しいものか、とても言葉には言いあらわせません)と隠れ家での日々を綴り出す。

 アンネは日記が他人に読まれることを意識し、心の叫びを克明に描写していくが、ダダは日記が他人に読まれることを嫌う。この相違の他に、アンネは戦争の状況をラジオや支援者の話から知るが、ダダは処刑や死体を直接目の当たりにする。アンネは饒舌に日々を綴るが、ダダは度々ペンを置く。1943年6月23日には(だいじなだいじな日記帳、かけがえのないわたしの親友、さようなら!)とある。

 そして1年後、6月27日に再び日記帳を開く。この綴らなかった1年間はダダの心に日記を書く余裕がなかったのだ。爆弾の雨がワルシャワに降り続き、自身の誕生日さえ心から祝えず(人生というものはさびしいものだ――こういうおめでたい日にさえ、心から喜ぶことができないほど。)とさようならの前文に記している。13歳の少女に、人生はさびしいものだと言い切らせる責任は当然大人にある。

 アンネが1929年、ダダが1930年に生まれ、私事だが13年前に他界した私の夫(詩人・桜井信夫)が1931年生まれである。桜井もまたアンネやダダと同様に少年期が戦争のただ中にあり
「学校帰りの農道で、アメリカのグラマンに狙われ機銃掃射されて、田んぼの中を逃げ回った。米兵の笑い顔が見え自分を殺そうと楽しんでいるのがわかった」
と語ったことがある。桜井は78歳まで生きたが、父と兄をあの戦争で失っている。

 アンネは青い空の下で青春を謳歌することなく、強制収容所で15歳の生涯を閉じた。ダダも青春の日々を綴ることなく、ワルシャワ蜂起の渦に巻き込まれ、ドイツ軍の砲弾の破片に傷つき14歳で生涯を閉じた。

 私は子どもは子どもであるだけで、マイノリティ的存在と思っている。人類が誕生して以来、子どもが戦争を引き起こした事例はない。いつの時代も子どもは大人の思惑のままに戦のただ中に放り込まれる。どんなに知能が高かろうと大人(特に男性)の様々な欲望を凌駕することは出来ず、大人に従うほかはない。それは正に弱肉強食の世界と同じである。

 人間誰もが清純な心を持って母から生まれてくるが、どこでどう間違うのか汚濁の世界へと入っていく者がいる。子どもが「戦争反対」と叫んでもその声を聞き入れる権力者などいない。

 ダダが日記をつけ出した日に(夢みること――夢みることのできる者はさいわいだ。)と綴る。しかし、1944年8月6日には(まだこれでもわたしたちは苦しみたりないというのだろうか?――こうしてこんなめをなめさせられているのも、やはり、身からでたさびとでもいうのだろうか? 絶望がいまワルシャワの空をおおっている。しかし、それでも、わたしたちは戦いつづけよう!――ひょっと最後の瞬間に助けがこぬともかぎらない。さもなければ、最後の血の一滴の流れつくすまで、戦うばかりだ。)と記し、夢は終戦であり自身を戦へと誘う決心へと変化していく。あまりにも哀しい。そしてダダがこう書いた翌年の同月同日に広島の青い空で原爆が炸裂した。

【作品紹介】
『少女ダダの日記 ポーランド一少女の戦争体験』



少女ダダの日記 ポーランド一少女の戦争体験
著者:ヴァンダ・プシブィルスカ 訳:米川 和夫
定価: 1,056円 (本体960円+税)
発売日:2023年04月10日

第二次大戦、ナチス侵攻下でつづられたもう一つの「アンネの日記」
友人との遊びに興じ、地下の学校で学ぶ14歳の少女のかたわらを爆撃が襲う。
愛国心を高めながら、時には敵兵にまで人間的な同情を抱き、平和を希求した少女。
世界で翻訳された日記が時を超えてよみがえる。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322209001091/
amazonページはこちら


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