残酷な状況の中で、ただ目の前の居場所を信じ、未来を夢見て前へと進まんとする子どもたちの強さが眩しく、切ない。
『芥子はミツバチを抱き』レビュー
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『芥子はミツバチを抱き』
著者:藍内友紀
書評:宇垣美里
最初に目を引いたのは朱色が目に鮮やかな書影。芥子の花が咲き乱れる花畑で日傘片手に優雅に舞う民族衣装姿の少年少女の姿を美しいな、と感じた。この作品を読み終えた今、それでも惹かれてしまう自分に胸をチクリと刺すような痛みを覚える。どこで、だれが、何のために、踊っているかを知ってしまったから、もう素直に美しいとうっとりしてはいられない。それはまるで、世界があまねく平和と信じていた幼い頃に戻れないのと同じように。
日本人の父と南アフリカ出身の母を持つ小学生のイェリコは、その出自ゆえに田舎でよそ者として扱われ、家庭にも学校にも居場所を見つけられないでいた。不登校になった彼が唯一熱中できたのはVRドローンレース。しかし、出場していたイスタンブールでの世界大会で彼のドローンが爆弾テロに利用され、容疑者としてありとあらゆる個人情報をネット上にさらされてしまう。日本にいられなくなったイェリコは家族との関係を断ち切られ、母の遠縁を名乗るしかめ面の男性・マルグッドと共に世界中を巡る旅に出る。そこで出会ったのはドローンを歌声で制御する「ミツバチ」の少年少女だった。
平和から零れ落ち、“平和な世界をつくるため”に各地を巡る旅の中で出会い、別れ、奪い、奪われ否応なく成長していくイェリコ。戦争と貧困は密接に絡み、子どもが子どもじゃいられない残酷な状況の中で、ただ目の前の居場所を信じ、未来を夢見て前へと進まんとする子どもたちの強さが眩しく、切ない。誰が、どんな目的で「ミツバチ」を生み出しているのか、そもそも「ミツバチ」とは一体何なのか。何もかもを奪われた「ミツバチ」だった少女の下す決断からは、作者の平和と子どもに対する信念のようなものを感じた。平和から溢れた少女の「戦争をしないと決めている国」なんてあるわけないと叫ぶ姿に己が幸運と、少女が実在するであろうこの世界のやるせなさに胸がいっぱいになった。
印象的なのは食事の風景。世界中を巡る旅の中で出会うその土地ならではの食事が妙にリアルで美味しそうなのだ。ハードで殺伐とした状況下でもその瞬間だけは温まり、集まって笑い合う。生きることそのものを肯定するようなその描写は、まるでテレビ番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」かな?と見まがうほどで、読むだけでお腹が空いてくる。イェリコが「平和なら誰もがすること」そして、家族がすることだと後半あるキャラクターに語り掛けるように、皆で食卓を囲むあの風景だけが幸せで、優しく、平和だった。巻末に記載されている「食べ物地図」もあわせて楽しみたい。(偶然、作中にも登場するチェーを食べる機会があったのだが、美味しかったのになんだかすごく悲しくなった。近くに甘い物が好きなあの子がいたなら、食べさせてあげたかった。)
決して甘くはないラストの余韻の中、家族とは何か、平和とは何か、ずっとずっと考えている。もはや大人となった者のひとりとして、そしてかつて子どもであった者のひとりとして。
5月だというのに夏日の東京を、ただ日差しを避けるためだけに日傘を広げ闊歩した。その幸福にたまらなくなって思わず仰いだ空にドローンはいない。こっそり小さく囀った歌声は風に乗り空に溶け、誰にも届かなかった。
作品紹介
芥子はミツバチを抱き
著者 藍内友紀
定価: 2,200円 (本体2,000円+税)
発売日:2023年04月26日
戦争と平和と、すべての銃を持つ子どもたちのためのSF
南アフリカ出身の母と日本人の父を持つ小学生のイェリコは、学校でも家でも居場所が見つけられない。唯一熱中できたのはドローンレースだったが、トルコの大会で起きた爆弾テロ事件の実行犯として疑いをかけられ、ありとあらゆる個人情報をネット上に曝されてしまう――。日本に居られなくなったイェリコは、母の遠縁を名乗るしかめ面の男・マルグッドと共に世界中を巡る旅に出る。そこで出会ったのは、歌声でドローンを制御する〈ミツバチ〉の少年少女たちだった。
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