「ふつう」を揺らがせる逆クロニクル・サスペンス
『あわのまにまに』レビュー
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『あわのまにまに』
著者:吉川トリコ
家族の歴史に埋め込まれた、いくつもの謎
書評:瀧井朝世
読み終えた時に、「すごいものを読んでしまった」と、呆然とする感覚を味わった。吉川トリコの新刊『あわのまにまに』のことである。
二〇二九年から一九七九年まで、一章ずつ十年刻みで遡りながら、ある家族の歴史を辿っていく構成だ。各章の視点人物は異なるが、彼・彼女たちには共通点がひとつある。みな、いのりという女性となんらかの関わりを持っている。
第一章「二〇二九年のごみ屋敷」の語り手は、小学三年生の
たとえば兄のシオンは木綿よりも二十三歳も年上で、かつ、彼は韓国からやってきて益子家の養子になったというが、その経緯を木綿は知らない。いのりと操は父親が異なるのだが、この姉妹の間には時折ピリピリした空気が流れる。他にも、いのりの結婚に祖母が反対していたらしいこと、回想シーンで描かれる祖母の葬式の際、操の義母が泣いていたことなど、「なにかあったのだな」と感じさせる箇所がいくつもある。そして第二章以降で、少しずつそれらの理由が明かされていく。
第二章は豪華クルーズ船で新婚旅行中のいのりと出会う第三者の女性、第三章は操、第四章は姉妹と幼なじみの男などと語り手は交代していくが、キーパーソンであるいのりが語り手となることはない。この視点人物の選び方が秀逸で、全体を読み終えた後は、この家族たちの歴史といのりという女性を描くのに、ベストチョイスだったのだと納得する。
時系列が逆行しているため、読者は結果→原因の順に出来事を追っていくわけだが、そこに謎解き同様のスリルがあり、第二章以降、毎回、「え、そういうことだったの?」と驚かされてしまう(とりわけぎょっとするのは、第五章の一九八九年の話!)。秀逸なのは、重要な事実に関してはきちんと明かしながらも、適度に描かれない部分がある点だ。章と章の間の十年間に起きた出来事の詳細や、視点人物が知りえない周囲の人々の行動や本音は読者が想像するしかない。だが、直接的に描かれないからこそ、その複雑性をしっかりと感じ取ることができる。しかも五十年にわたる物語だからこそ、ひとりひとりが時間をかけて自身の苦しみや悲しみ、迷いとどう向き合い、どのように乗り越えてきたのかがよく伝わってくるのである。特にいのりに関しては、読者のなかでもイメージが変わっていくはずだ。第一章の木綿の目を通して見た段階では、マイペースで場の空気をかき乱すこともいとわない女性に思えたいのりが、じつはどんな葛藤を抱きながら、どんな決断を下して人生を築いてきたのかが次第にくっきりと見えてきて、読者は「自分だけが彼女の理解者だ」という気持ちになる。
また、時代ごとの流行や風俗も盛り込まれていて、これが読ませる。二〇二九年が舞台の第一章では、選択的夫婦別姓制度が導入されていたり、葬式の際に香典アプリが使われていたりして、近い将来が疑似体験できる楽しさがあるが、第二章以降の過去パートでは、単に懐かしさを味わわせるだけでなく、時代ごとの人々の人生観や、結婚観、ジェンダー観がどのように変化してきたのかを再確認させられる。大きな時間の流れのなかで、人と人が連なって時代や価値観を更新していくことを実感させられるのだ。
二度読みせずにはいられない本書だが、最初の語り手が小学三年生の少女の視点だったことに、ふと胸が熱くなる。いのりや叔母、さらに祖母たちの築いてきたもののなかで彼女は育ち、彼女なりの人生を築いていくのだろう。その未来がまぶしい。
作品紹介
あわのまにまに
著者 吉川 トリコ
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2023年02月22日
どれだけの秘密が、この家族には眠っているんだろう――
「好きな人とずっといっしょにいるために」、あのとき、あの人は何をした?
2029年から1979年まで10年刻みでさかのぼりながら明かされる、ある家族たちをとりまく真実。
あの時代、確かにそうやって、わたしたちは生きていた。
隠されていた「わたしたちの秘密」を理解したとき、あなたは平常心でいられるか。
『余命一年、男をかう』で第28回島清恋愛文学賞を受賞した著者が放つ、生き方、愛、家族をめぐる、「ふつう」を揺らがせる逆クロニクル・サスペンス。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322109000581/
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