呉服屋の箱入り娘が、着物の力でよろず解決 兄妹が織りなすお江戸人情劇
『とわの文様』レビュー
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『とわの文様』
著者:永井紗耶子
呉服屋の箱入り娘が、着物の力でよろず解決 兄妹が織りなすお江戸人情劇
書評:細谷正充
永井紗耶子の文庫書き下ろし作品は、本書が初めてではない。二〇一四年に、『帝都東京華族少女』(現『華に影 令嬢は帝都に謎を追う』)を刊行している。しかしそちらは、明治を舞台にしたミステリーであった。江戸を舞台にした文庫書き下ろし時代小説は、本書が初めてなのである。昨年(二〇二二年)、直木賞候補になった『女人入眼』や、今年の一月に刊行された『木挽町のあだ討ち』で、大きな注目を集めている作者の新作が、文庫で手軽に買えるとは有り難いことである。
本書は全三話で構成されている。各話の内容に触れる前に、二つの重要な基本設定について説明しておこう。主人公は、日本橋川沿いの西河岸町にある呉服屋「常葉屋」の娘のとわである。父親は常葉屋の主人の吉右衛門、母親は女将の律、そして兄の利一がいる。家族の仲は良好だ。しかしとわは、他の家族と血の繋がりがない。赤ん坊の頃に常葉屋に拾われたのである。もっとも吉右衛門と律は、とわが何者で、捨てられた理由も分かっているらしい。また、とわの産着には七宝の地紋があり、彼女がいた駕籠の中には、花喰鳥が描かれた錦の細長い袋に入った、黒漆の拵えの懐剣があった。吉右衛門によれば、とわの身上を明かすものとのこと。もっともとわ自身は、家族と血の繋がりがないことだけしか知らずに成長し、十六歳になったのである。
これが設定その一。その二は、律の失踪である。二月ほど前、御用のために出向いた武家屋敷から、夜になっても帰らず、そのまま行方不明になっているのだ。律の失踪の原因が、自分の出自にあるのではないかという疑問を消すことができず、とわの心は揺れている。
この二つの基本設定を頭の片隅に置いて、本格的に物語の世界に入っていこう。第一話「麻の葉の文様」は、常葉屋の仕事もせずにフラフラしている利一が、店に妊婦を連れてくる。豊という妊婦は、何やら訳ありらしい。人助けが当たり前と思っている常葉屋一家。豊の事情を知り、事態を丸く収めようと動き出す。
豊の着ている物がチグハグなことから、彼女の抱える事情に踏み込んでいく展開が読ませる。とわがいう、「でも装いは嘘をつく。お豊さんを見て、今更ながら気づきました」というセリフなどは、着物好きだという作者だから出てきたものだろう。騒動の真相から見えてくる、この時代の女性の置かれた立場にも、考えさせられた。気持ちよく読める内容だが、時代と人間に対する眼差しは鋭い。本書の幕開けに相応しい秀作である。
続く第二話「蜘蛛の文様」は、刀傷を負った利一が、常葉屋に帰ってくる場面から始まる。母親の律と同じように、利一も失うのかと怖れるとわ。さいわい傷は浅かったが、いったい何があったのか。利一から事情を聞いたとわは、新たな騒動の渦中に飛び込んでいく。今回の騒動の裏には、読んでいて血圧が上がるほどの悪人がいる。その悪人によって、理不尽に苦しめられる男女がいる。だから、とわたちの活躍が嬉しいのだ。
なお、第一話で明らかになっているが、とわは体術が使える。この第二話で彼女に体術を教えた師匠の佐助が登場。昔から常葉屋に出入りしている行商人だが、利一にいわせると幕府の隠密である。
というところでようやく理解したが、常葉屋のモデルは呉服店の「大丸屋」である。江戸の大丸屋の奥には、御用で各地に赴く幕府隠密が、着替えるための部屋があったといわれている。はたして常葉屋も、幕府と何らかの関係があるのだろうか。本書は江戸の庶民の哀歓を描く〝
そして第三話「更紗の文様」は、対照的な性格の姉妹と、染物職人を巡る騒動に、とわたちがかかわる。ちょっとラブコメ風のところがある、愉快な内容だ。このようにどの話も面白く、とわの躍動を楽しく読めた。飄々としていながら誠実で、意外と商才もある利一など、ヒロインの周囲の人々も魅力的。気持ちのいい一冊なのである。
ただし、とわの出自の謎や、律の行方、佐助の正体などは不明のままだ。作者に聞いたところ、シリーズ化を予定としているというので、首を長くして次巻を待ちたい。
作品紹介
とわの文様
著者 永井 紗耶子
定価: 704円(本体640円+税)
発売日:2023年03月22日
呉服屋の箱入り娘が、着物の力でよろず解決 兄妹が織りなすお江戸人情劇
江戸は西河岸町の呉服屋・常葉屋は、「ここにしかない品がある」と着物に五月蠅い江戸っ子たちにも評判お店。
箱入り娘のとわは、失踪した母の代わりに店を盛り立てようと日々奮闘している。
芝居を愛する兄で若旦那の利一は、面倒事を背負い込む名人。
犬猫を拾う気軽さで、ヤクザ者に追われる女性を連れて帰ってくるが、それにより大騒動が巻き起こり……。
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