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【書評連載「物語は。」】これ以上ない、これ以外ないという納得感に裏打ちされたエンディング——愛野史香『天使と歌う』【評者:吉田大助】

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(本記事は「小説 野性時代 2025年8月号」に掲載された内容を転載したものです)

書評連載「物語は。」第138回

愛野史香『天使と歌う』(角川春樹事務所)



評者:吉田大助

これ以上ない、これ以外ないという
納得感に裏打ちされたエンディング

 第一六回(二〇二四年度)角川春樹小説賞を受賞した愛野史香のデビュー作『あの日の風を描く』は、青春アートミステリーの傑作だった。京都市内にある芸術大学を舞台にした同作は、江戸期の画家が描いたふすま の「想定復元模写」に挑む大学生たちの姿を追う。襖絵は全一二面のうち九面しか保存されておらず、残り三面に何が描かれていたかはわずかなヒントしか残されていない。欠けた部分の絵を推理せよ──ここにミステリーの要素が宿るのだが、元の絵は誰も見たことがないため唯一無二の正解は存在しない。ミステリーとしての快感が作りづらいのではと思えるが、違う。実のところ、ミステリーにおいて名探偵が最終的に辿り着く推理が、謎にとって唯一無二の正解であるかどうかは分からない。作中に登場していない情報が存在するかしれないし、名探偵は手にした情報の中から最も蓋然性が高いロジックを選び取っているにすぎない。にもかかわらずそれが唯一無二の正解であると登場人物や読者に感じさせるためには、納得感の演出が必要となってくる。『あの日の風を描く』は結末部のロジックのみならず、納得感の演出が抜群だったのだ。
 受賞後第一作となる『天使と歌う』は、ミステリーの要素こそなくなっているが、前作同様、青春アートストーリーとしてとびきりの純度を放つ。今回のモチーフは、音楽。チェロだ。
 はち おう 市で介護士の父と共に暮らす高校三年生のあま みや ひろ は、一〇年前に自宅の向かいに引っ越してきたクロアチア出身の元世界的チェリスト、ルカ・デリッチに師事している。三一歳で多発性硬化症を発症したルカは、チェロを諦めいん せいするつもりで妻の故国へとやって来た。ある日、ルカはクロアチア政府からチェロの国際コンクールを新設するので、審査員長として関わってほしいと打診を受ける。師は帰国の途に就く直前、弟子に自分のチェロを二年間限定で託した。二年後に開催されるコンクールで入賞すれば、チェロの貸与期間を延ばすことができる。音楽の道に進むか否か、進路に悩む大夢の心を焚きつけるための提案であり、挑戦状だった。「会いに行くよ、必ず」。
 その二年後、音大生となった大夢は第一回「ルカ・デリッチ国際コンクール」に参加すべくクロアチアの首都ザグレブへと飛ぶ。年齢制限なし、という前代未聞のコンクールに集まってきたのは、何らかの理由で挫折を経験したチェリストばかり。運命の一次予選の課題曲は、大夢とルカを結びつけた、バッハの「無伴奏チェロ組曲」だった──。
 「無伴奏チェロ組曲」は、第一番から第六番までのカラーが異なる全六曲で構成されており、コンテスタント自身がその中から一曲を選ぶ。つまり、曲選びにも個性が出る。その展開を利用して、一次予選で大夢を含む主要キャラクターたちの個性を澱みなく紹介していく手つきが素晴らしい。二次予選以降も、展開や文章のリズムが平板にならないよう濃淡をつけた音楽描写が見事だ。
 本作の裏テーマは、出会いだ。大夢は師から、「そろそろ私以外を知りなさい」と助言を受けていた。師の「完コピ」でしかない演奏を、自分ならではの演奏にするためだ。〈他人と関われば、その分だけ世界が広がる。人と話して、共通の体験をして、自分が何者なのか、理解する〉。それは怖いことだと大夢はずっと思っていたが、コンクールで彼は個性あふれるチェリストたちと出会った。そして、己を知り、確かな成長を遂げた。その軌跡を描き出す物語の結末に必要なのは、コンクールの結果がどうだったかではなく、大夢という人間の変化をどう示すことができるかだ。
 これ以上ない、これ以外ないという納得感に裏打ちされたエンディングが待ち構えている。文芸シーンに、また新しい風が吹いた。

【あわせて読みたい】
安壇美緒『ラブカは静かに弓を持つ』(集英社文庫)



音楽の著作権を管理する団体に勤める青年・たちばないつきは、身分を偽り大手音楽教室に潜入する。演奏権侵害の証拠を集めるためだったが、教室で出会ったチェロの講師や同好の士との繫がりが後ろめたさを搔き立て、後ろ向きだった人生をも変えていく。プロにならなくても、ヘタでも、音楽を演奏することには意義がある。物語に密かに込められているのは、そんなメッセージ。


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