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(本記事は「小説 野性時代 2025年8月号」に掲載された内容を転載したものです)
書評連載「物語は。」第138回
愛野史香『天使と歌う』(角川春樹事務所)
評者:吉田大助
これ以上ない、これ以外ないという
納得感に裏打ちされたエンディング
第一六回(二〇二四年度)角川春樹小説賞を受賞した愛野史香のデビュー作『あの日の風を描く』は、青春アートミステリーの傑作だった。京都市内にある芸術大学を舞台にした同作は、江戸期の画家が描いた
受賞後第一作となる『天使と歌う』は、ミステリーの要素こそなくなっているが、前作同様、青春アートストーリーとしてとびきりの純度を放つ。今回のモチーフは、音楽。チェロだ。
その二年後、音大生となった大夢は第一回「ルカ・デリッチ国際コンクール」に参加すべくクロアチアの首都ザグレブへと飛ぶ。年齢制限なし、という前代未聞のコンクールに集まってきたのは、何らかの理由で挫折を経験したチェリストばかり。運命の一次予選の課題曲は、大夢とルカを結びつけた、バッハの「無伴奏チェロ組曲」だった──。
「無伴奏チェロ組曲」は、第一番から第六番までのカラーが異なる全六曲で構成されており、コンテスタント自身がその中から一曲を選ぶ。つまり、曲選びにも個性が出る。その展開を利用して、一次予選で大夢を含む主要キャラクターたちの個性を澱みなく紹介していく手つきが素晴らしい。二次予選以降も、展開や文章のリズムが平板にならないよう濃淡をつけた音楽描写が見事だ。
本作の裏テーマは、出会いだ。大夢は師から、「そろそろ私以外を知りなさい」と助言を受けていた。師の「完コピ」でしかない演奏を、自分ならではの演奏にするためだ。〈他人と関われば、その分だけ世界が広がる。人と話して、共通の体験をして、自分が何者なのか、理解する〉。それは怖いことだと大夢はずっと思っていたが、コンクールで彼は個性あふれるチェリストたちと出会った。そして、己を知り、確かな成長を遂げた。その軌跡を描き出す物語の結末に必要なのは、コンクールの結果がどうだったかではなく、大夢という人間の変化をどう示すことができるかだ。
これ以上ない、これ以外ないという納得感に裏打ちされたエンディングが待ち構えている。文芸シーンに、また新しい風が吹いた。
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