喜多嶋隆さん「潮風キッチン」シリーズが、本書『潮風サラダ』で完結します。
本書のスタートからずっと応援団長をしてくださっていた有隣堂の名智 理さんから、最終巻に寄せたメッセージをいただきました。
「潮風サラダ」に寄せて
評者:有隣堂 名智 理
2021年にスタートした「潮風」シリーズ。
その小さな港町の物語は、桜が舞う春、主人公の一人、愛の中学卒業とともに一旦の幕を閉じた。でもこれは、人生のひとつのチャプターが一段落した、という程度のことに過ぎないのかもしれない。
以前、どこかで書いたことだけれど、喜多嶋さんの小説の世界観はすべてご自身の「Way of Life(人生の流儀)」の優しさにあふれた視線でつながった一続きの風景のようで、たとえ物語が終わっても登場人物たちの人生は明日も変わらず続いていくように感じるのだ。夜が明ければまた海果と愛は港にハネものの魚を元気に拾いに行くだろう。
これも以前書いたけれど、このシリーズは、貧困、フードロス、家族の離別、といった現代社会が抱えている様々な「分断」が通奏低音のようにテーマとして流れている。
けれども決して重苦しくならないように、海果、愛、一郎、慎たち若者を中心とした青春小説として葉山の潮風のように爽やかに物語は進んでいく。
「いつもビンボーだったけれど、みじめでも辛くもなかった。自分を必要としてくれている誰かが、いつもそこにいたから……」
喜多嶋小説は登場人物が少ない。必要最小限だし、「潮風」シリーズで言えば、ほとんど町から出ない中で物語が進んでいく。
現実的には日常生活のリアルな視野なんてそんなものだ。朝になれば魚市場が開き、愛たちは学校に通い、海果はランチの仕込みを始める……。一見変わらない、狭い世間の風景が繰り返されていく。
SNSでグローバルに世界と接続し、自意識が拡散し続けるこの時代。どれだけ多くのヒトたちとつながったか、“イイネ”という名の称賛を受けたかが価値あることとされている。
喜多嶋さんの小説と、作品を通して発信され続ける「Way of Life」はそんな現代に対する静かだけれど強烈なアンチテーゼであり続けてきた。あなたを取り巻くその「現実」は、本当に幸せですか?と。
今作『潮風サラダ』では、Stevie WonderのFor Once In My Lifeがテーマ曲として流れてくる。
人生で初めて、心から自分を必要とされたことの喜びを歌っていて、先に引用したこの小説の一節に繋がるメッセージだ。
心で繋がれる人との出会いは人生でそう多くない。お互いを必要と出来る誰かがそばにいてくれたら、それ以上、なにもいらないのだ、とストレートに語りかけている。
スティービーのFor Once In My Lifeはモータウンらしいアップテンポでファンキーなアレンジで歌詞のハッピーな部分を表現しているのだと思う。けれども、ボクは、原稿を読みながら頭の中で違うアレンジのFor Once In My Lifeを再生していた。
あるアメリカのドラマでカントリー系の歌手がピアノメインのしっとりしたアレンジで歌っていたバラードバージョンだ。ゆったりと歌われたその曲は、メロディの美しさや歌詞の意味がじんわりと心に沁みてくるのだった。
この「潮風」シリーズとともに、STORY STORY YOKOHAMAにも同じ5年の歳月が流れた。日々、売り場で本を紹介するときには、「今の時代に寄り添い、必要とされる本かどうか」を判断基準にしてきたつもりだ。そしてアナログな紙の本での読書体験は非常にパーソナルなものだ。これからも、この店を訪れる誰かにとってのFor Once In My Lifeな1冊を届け続けていこう、『潮風サラダ』は改めてそんな風に思わせてくれる物語だった。
作品紹介
書 名:潮風サラダ
著 者:喜多嶋 隆
発売日:2025年09月22日
みんな、幸せになれるといいね――。心温まるシリーズ、いよいよ完結!
近所のファミレスに対抗すべく、小さな料理店の店長・海果は日々奮闘している。近々〈湘南グルメ番付〉サイトがオープンすると知り、PRになるかもと張り切る日々だ。そんな中、妹分の愛はその漫画愛を編集部に見込まれ、人気雑誌のご意見番に抜擢される。だが、それが予想を超えた展開に……。そして、店に集う人たちも、それぞれの新しい一歩を踏み出していく。人生で本当に大切なものは何かを問いかける、感動のシリーズ完結編!
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