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特集

書店員が見た売り場での「親子の光景」と、作者の「思い」が交差する。『潮風キッチン』著者 喜多嶋隆さん×名智理さん~潮風対談~

取材・文:朝宮運河 

『潮風キッチン』発売記念対談

今年デビュー40周年を迎えた喜多嶋隆さん。9月に刊行された新作『潮風キッチン』は、失踪した母に代わり、突如小さな料理店を切り盛りすることになった18歳の主人公・海果の奮闘が描かれる成長&青春小説です。湘南を吹き抜ける潮風とまばゆい太陽の光、そして海の幸を使った美味しそうなレシピの数々が印象的な物語は、まさに喜多嶋ワールドの真骨頂。
『潮風キッチン』刊行を記念して、著者の喜多嶋さんと長年の喜多嶋作品のファンである、〈有隣堂STORY STORY YOKOHAMA〉のスタッフ・名智理さんとの対談が実現しました! 名智さんは『潮風キッチン』に解説も寄せてくださっています。初対面とは思えない、息ぴったりのトークをお楽しみください。

▼『潮風キッチン』文庫巻末解説はこちら
https://kadobun.jp/reviews/entry-42491.html



喜多嶋本は大人の世界の入り口だった


――名智さんは中学時代から喜多嶋作品の大ファンだそうですね。


名智:はい。きっかけは中学生の頃、父親から譲られた『夏物語』という短編集でした。一ファンとしてずっと作品を読ませていただいてきたので、こうしてお話ししているのが夢のようです。


喜多嶋:こちらこそお会いできて光栄です。『夏物語』が最初の一冊なんだね。


名智:あの本で初めて「大人の本を読んでいる」という感覚を味わったんです。女性の後ろ姿を写したカバー写真もとてもおしゃれで。


喜多嶋:あの写真は僕が撮影したんですよ。写っているのはハワイのビーチでたまたま見かけた女性。当時から内容はもちろんだけど、デザインにもこだわりたいと思っていました。テーブルの上に置いてあるだけで、部屋がちょっとおしゃれに見える。雰囲気のいい洋書みたいなイメージでね。


名智:背伸びしたい盛りなので、中学生の頃は喜多嶋さんの本を枕元に並べていました(笑)。鈴木英人さん(※イラストレーター。『ポニーテールは、ふり向かない』など喜多嶋作品の装画も担当)のイラストも喜多嶋さんの作品をきっかけに好きになったりして、僕にとっては大人の世界の入り口だったんです。



名智さんの思い出の一冊『ビリーがいた夏


喜多嶋:以前ある読者に聞いたことがあるんだけど、その人は僕の本を読む時かならずカバーを外すっていうんです。カバーが折れたり汚れたりしないように。読み終えたらまたカバーをつけて、本棚にしまっておくらしい。好きな人にとっては、カバーってそれだけ重要なものなんだよね。


名智:本を手にするきっかけにもなりますし。レコードみたいに本でも「ジャケ買い」をすることってありませんか?


喜多嶋:あるある。中身よりもカバーやタイトルで売れてるな、っていう本は世の中に結構あるからね。僕は広告の仕事もしているけど、本を売るのは広告をつくるのと似ていますよ。お客さんが書店の平台に並んでいる新刊を眺めるのはほんの数秒間。その間にできるだけ興味を持ってもらうためには、やっぱりイメージ戦略が必要なんです。


名智:喜多嶋さんの作品では『夏物語』は別格として、『ビリーがいた夏』が個人的には大好きです。サックスを吹く女の子が出てくる青春小説ですが、僕も中学時代ブラスバンドでサックスを吹いていたので、自分と重なる部分が多くて。作中に出てくる曲名から、音楽の趣味も広がったりしましたね。


喜多嶋:ありがとう。『ビリーがいた夏』は珍しくファンタジー要素を取り入れた青春小説で、自分でも楽しく書けた作品です。30年近く前に書いた小説を、好きだと言ってもらえるのは嬉しいよね。



灯台のように人生を照らす小説


――そんな名智さんは『潮風キッチン』に解説を執筆されています。喜多嶋さんはお読みになってどう思われましたか?


喜多嶋:本当に素晴らしいよね。当初はいただいたコメントをウェブなどに掲載するつもりでいたんですが、あまりに素晴らしいので解説として掲載させてもらったんです。


名智:光栄です。びっくりしました(笑)。


喜多嶋:これまで色んな方に解説を書いてもらいましたが、文章のうまさでは名智さんがナンバーワンじゃないかな。これはお世辞じゃないんですよ(笑)。


――名智さんは喜多嶋作品を「人生の航海を照らす灯台」に喩えていますね。


名智:はい。喜多嶋さんの小説を読んでいると、いつも自分の生き方に嘘がないか、まっすぐ問いかけられている気がするんです。僕も人並みに迷ったり悩んだりすることがあるのですが、喜多嶋さんの本を読むと、光が射してくる方向はあっちだ、と気づくことができる。そういうストレートで骨太な物語の魅力は、若い人たちにもきっと届くんじゃないかと思います。


喜多嶋:名智さんは「若い世代にも変わることなく灯台の光のようにまっすぐ届くはずだ」と書いてくれた後で、売り場で見かけた親子のエピソードを紹介しているでしょう。作者としてはあそこが一番嬉しかったんです。感動しました。


名智:あれは売り場で見かけた光景なんですよ。50代くらいのお父さんが自分の娘さんに喜多嶋作品を紹介していたんです。自分も父親に薦められてファンになったので、感慨深かったですね。


喜多嶋:僕はデビューしてから40年、ほぼ毎年本を出し続けていますし、作品のレベルも年々上がっていると思っています。もちろん古くからの読者も楽しませたいけど、20代、30代の新しい読者にも届けたい。そんな思いに名智さんの解説は応えてくれた。本当に嬉しかったです。



海果のキャラクターは新たな挑戦の一環


――『潮風キッチン』は失踪した母親の代わりに、湘南で魚料理の店を経営することになった18歳の主人公、海果の成長を描く物語です。


名智:まず海果のキャラクターがいいですよね。料理は得意だけど、自分にはあまり自信がない女の子。何でもできるタイプの子じゃないからこそ、料理に打ち込む姿に感情移入してしまいます。


喜多嶋:こういう奥手なタイプの女の子を書いたのは、2019年の『夏だけが知っている』が最初だったと思います。これまでにない新しいタイプの主人公を書いてみたいと思ったんですよ。ウェイ・オブ・ライフがはっきりした主人公もいいけど、自信のない主人公が少しずつ周囲に認められ、幸せになっていくという話もいいんじゃないかなと。『夏だけが知っている』を書き上げたことで、自分の作品が新しいフェイズに入ったような気がした。『潮風キッチン』の海果もその流れで生まれてきたキャラクターですね。


名智:海果をカピバラに喩えているのには、思わず笑ってしまいました。


喜多嶋:小説を書いていると、これはうまい比喩が書けたぞ、と思う瞬間があるんですよ。海果を「カピバラみたい」と言い表せた時も、しめた! と思いました(笑)。


名智:海果が作る料理はどれも美味しそうですね。タコ飯とか、シーフード・パスタとか。読んでいてお腹が鳴りそうでした。



チャンスがあれば続編も


喜多嶋:自分でもよく作る料理ばかりです。近々どこかで海果のレシピを紹介する予定なので、ぜひ名智さんも作ってみてください。ところで話は変わるけど、食べ物屋の出てくる小説を読んでいて、「これで経営が成り立つの?」と疑問に思うことってありませんか。気にしないで楽しめばいいんだろうけど、僕はどうしてもそこが気になってね。『潮風キッチン』ではリアリティにこだわって、海果が抱えた借金の額から、お店の客単価までちゃんと設定しています。


名智:読んでいて数字にリアリティがありました(笑)。それを中学生の愛がてきぱき処理していく、という展開も面白いですね。


喜多嶋:18歳の海果が「カピバラ」で「ボケナス」なのに対して、12歳の愛はしっかり者で、チューハイの原価計算までこなしちゃう。昔のアメリカ映画によくあったバディもののような関係です。年上が年下を引っ張るんじゃなくて、年下が年上をぐいぐい引っ張っていくのがポイント。


名智:確かに二人の関係は友情というより、バディ、同志に近いですね。ラストシーンも海果と愛の関係がよく表れていて、感動してしまいました。まだ後日談が続きそうなところでスパッと終わっているのも新鮮で。喜多嶋さんの小説でこういう結末は珍しいですよね。


喜多嶋:確かにそうだね。この本一冊でも完結はしているけど、まだ続きがありそうなラストになっている。


名智:ぜひ続編があるなら読んでみたいですね。


喜多嶋:SNS上でも「シリーズ化に期待」という声があったので、売れ行き次第では、海果と愛の物語の続きを書いてみたいなと思っています。


名智:楽しみにしています。



自分が楽しむことで、周囲を楽しくする


喜多嶋:褒めてもらったから言うわけじゃないけど、〈有隣堂STORY STORY YOKOHAMA〉は素敵な本屋さんですよね。もともと本を売るというのは楽しい仕事だったはずなんだけど、長引く出版不況によってどこのお店も活気がなくなってきた。でも〈STORY STORY〉はスタッフが一丸となって楽しんでいる様子が伝わってきますよね。棚の作り方も個性的だし、足を運ぶたびに発見がある。


名智:ありがとうございます。〈STORY STORY〉ではお客さんと本との偶然の出会いを作り出したいと思っているんです。欲しい本を探しているうちに、つい予定にない本まで買ってしまった、そんなハプニングの起こる場にしたいと思っています。


喜多嶋:雑貨もたくさん売っているし、名智さんたちスタッフが面白いものを見つけてきて、好きに並べているという雰囲気だよね。


名智:「書店」というより「商店」に近いのかも(笑)。本にせよ雑貨にせよ、今では日本中どこでも同じものが買えてしまいますよね。じゃあ、お店で買う理由は何だといえば、やっぱり働いている人だと思うんです。あの人が薦めるなら買ってみようかな、という顔の見える関係性。そこにこれからの書店の姿があるのかなと思いますね。


喜多嶋:まずは自分が思いっきり楽しむこと。僕も以前インタビューで「ご趣味は?」と聞かれて「小説を書くことです」と答えたことがあるんです。そしたらインタビュアーがこけちゃって(笑)。でも冗談じゃなく、一番の楽しみは小説を書くことなんです。それはデビュー以来40年変わりません。


名智:自分がやりたいことを、楽しみながらやる。仕事でも大切なことですね。


喜多嶋:その方が周囲も明るくなりますからね。暗いニュースが多い世の中だけど、名智さんのお店から出版業界を明るく照らしてください。


名智:ありがとうございます。喜多嶋さんの本を日本で一番売る本屋になれるようにがんばります。またお店に遊びに来てください。

作品紹介『潮風キッチン』



潮風キッチン
著者 喜多嶋 隆
定価: 770円(本体700円+税)

どんな人にも、居場所がある――海辺の小さな食堂の物語。
突然小さなお店を経営することになった海果だが、奮闘むなしく店は閑古鳥。そんなある日、ちょっぴり生意気そうな女の子に出会う。「人生の戦力外通知」をされた人々の再生を、温かなまなざしで描く物語.
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322101000231/
amazonページはこちら

『潮風キッチン』喜多嶋隆 文庫巻末解説



「書店員の僕が、いま喜多嶋隆という作家を推す理由」――『潮風キッチン』喜多嶋隆 文庫巻末解説
https://kadobun.jp/reviews/entry-42491.html


喜多嶋 隆(きたじま・たかし)

1949年5月10日、東京生まれ。コピーライター、CFディレクターを経て、第36回小説現代新人賞を受賞し、作家に。スピード感溢れる映像的な文体で、リリカルな物語を描く。

名智 理(なち・おさむ)

有隣堂 STORY STORY YOKOHAMAの書店員。

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