角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『潮風キッチン』
著者 喜多嶋 隆
『潮風キッチン』喜多嶋隆 文庫巻末解説
「書店員の僕が、いま喜多嶋隆という作家を推す理由」
中学生の頃に、父親から譲り受けて読んだのは、『夏物語』という短編集だった(エルトン・ジョンなどの古い洋楽を好きになったのもその頃だ)。そこに描かれるオトナの恋や友情や孤独にドキドキしながら、行ったことのないハワイの太陽と潮風がさわやかに心の中を吹き抜けるのを感じた。
それ以来、自分の成長とともに、折に触れて喜多嶋隆の小説を読む事は、あの頃と同じように小説の中を照らす太陽や吹き抜ける潮風に素直に身をゆだねられるかどうか、それは僕にとっての大事な心の定点観測のようなものになった。
今回の新作、『潮風キッチン』は自分で人生を切り開いていく事のほかにも、親子や家族の問題、子どもの貧困、フードロスといった社会問題も絡んでいる。
けれども、ディテールは抜きにして、いつもの喜多嶋小説のように、ヒーローではない人たちが、人生の転機に遭遇し、押しつぶされそうになりながらも、ときに寄り添い、ときには一人だけで困難に立ち向かっていく……そこは昔のまま変わらない。
今回は、
タコ飯、シーフードスパゲティ、マヒマヒのバーガー……。
また、いつものように洋楽の名曲が随所にちりばめられている。ユニークに思うのは、喜多嶋作品では定番なのだけれど、登場人物自身が音楽プレーヤーを再生して、そのシーンにBGMを流すこと。他の小説ではなかなか見られない。
ビートルズやテンプテーションズ、ザ・ドリフターズ(「全員集合!」の方じゃないよ)、キャロル・キング……そして僕の大好きなエルトン・ジョン。
意見の違いでちょっぴりけんか腰になったあと、パスタを
STORY STORY YOKOHAMA と僕が、いま喜多嶋隆という作家を特に推す理由。ただ懐かしいからじゃない。
喜多嶋隆の物語のキャラクターたちはいつも困難に遭遇した時、戸惑い、
そのまなざしや後ろ姿はきっと、リアルタイムのファン世代だけではなく、今という困難な時代に船出した若い世代にも変わることなく灯台の光のようにまっすぐ届くはずだ。(Old school な変わらないカッコよさが伝わるといいな)。
売場でこんな光景に出会った。
親子連れ。父親は50代くらい。娘さんは10代後半から20代前半。
娘さんが喜多嶋隆コーナーで立ち止まって本を眺めていた。
そこへ父親。「お、懐かしいね」
「お父さんも読んだことあるの?」
「うん。若いころは結構読んだかな。わりと女の子が主人公で……」と説明。
結局、娘さんは1冊手に取り、レジに向かった。
これこそ、僕が求めていたもの!
新作『潮風キッチン』から、そんな風な、新たな読者と本の出会いが広がることを願って。
作品紹介
潮風キッチン
著者 喜多嶋 隆
定価: 770円(本体700円+税)
どんな人にも、居場所がある――海辺の小さな食堂の物語。
突然小さなお店を経営することになった海果だが、奮闘むなしく店は閑古鳥。そんなある日、ちょっぴり生意気そうな女の子に出会う。「人生の戦力外通知」をされた人々の再生を、温かなまなざしで描く物語.
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322101000231/
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