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特集

そっと背中を押してくれる、海辺の街の小さな物語。 『潮風メニュー』に寄せて

一緒なら、きっとうまくいく――。潮風が爽やかな、海辺の小さな料理店のシリーズ。
『潮風キッチン』につづく、『潮風メニュー』刊行記念!

昨年刊行された、喜多嶋隆さん『潮風キッチン』に続く、『潮風メニュー』が、9月21日に発売されます。突如小さな料理店を切り盛りすることになった18歳の主人公・海果の奮闘と、料理店を取り巻く人々(と猫)の姿を描く、成長&感動小説の第二弾! 本作も美味しそうな海の幸を使ったお料理が盛りだくさんです。
一足早くゲラを読んでくださった、〈有隣堂STORY STORY YOKOHAMA〉の店長・名智理さんから、素敵なエッセイが届きました!



そっと背中を押してくれる、海辺の街の小さな物語。『潮風メニュー』に寄せて

有隣堂STORY STORY YOKOHAMA
名智なち おさむ

マスクで猛暑を過ごすのも、もう3回目だ。
今年はついに日傘を買った。
商売柄、長い休みも取らないので、夏はただただ億劫な季節になってしまった。
子供の頃はあんなにきらきらと希望にあふれた季節だったのに。

そんな2022年の8月のアタマ、待望のゲラ原稿が私の手元に届いた。
喜多嶋隆最新作『潮風メニュー』である。
これは、2021年の『潮風キッチン』の続編にあたる。

葉山の小さな港町、森戸周辺を舞台に、19歳を迎える海果と13歳の愛、親に見捨てられた2人の少女が縁あってひとつ屋根の下、潰れかけた食堂を切り盛りするストーリー。
漁港で脚がちぎれて「浜値」のつかないヤリイカを貰ったり、大量に獲れて値崩れしているサバを安く買ったり、愛の同級生の農家から低農薬だが形が悪かったり虫食いのあったりするトマトなどを買い取って、食堂の食材として使う。新鮮だから味は抜群だ。

前作から続いてフードロスや、経済的な状況で満足な食事ができない子供たちの問題などがストーリーの根底に織り込まれている。
食堂の経営も借金の返済があったりして、決して順風満帆なわけではない。
けれども、物語に湿っぽい暗さは感じない。それが太陽と潮風の作家、喜多嶋隆のスタイルだ。

今回のストーリーには、「働く」ということ、「幸せ」とはなにか、「家族」とはなにか、という誰もが直面するテーマについて、登場するキャラクターそれぞれの人生の転機に差しかかるタイミングで、言葉少なに静かに語られていたように思う。
これだけ生きづらく、疲弊した時代が続く中で、誰もがそれらの「真実」に、たぶん気が付き始めている。
それなのに、これまで通りの日常、価値観や世間体の中でもがくことを止めようとはしない。何故だろう。

葉山の小さな港町で、それぞれの胸の内に傷を負った人たちが見せる真っ直ぐな眼差しや後ろ姿が、読者である私たちにはたまらなく恋しく羨ましく映るだろう。
例えば森戸の隣、真名瀬の小さな港で、陸にあげた船からサザエをおろす漁師夫婦の、その一日に満足している幸せそうな様子……。
仕事の意義、幸せの在処、守るべき人たち……人生の大切なものは、すぐ目の前にある。決して見栄を張ったり無理して背伸びをした先にある訳では無いことを教えるように。

先日、プライベートで葉山にある喜多嶋先生ご贔屓のFatty’sというパスタとピザの名店へ食事に行った。何気なくSNSに投稿したら先生が素早く気が付いて、お茶に誘ってくださった。ついでに真名瀬の漁港を一緒に散歩した。それはたしか6月の終わりだった。
真上の太陽は夏の予告をするように力強く、港内の水面はきらきらと光って漁船に反射して、沖から吹く潮風もさっぱりと気持ちがよかった。
かくいう私は伊豆の東海岸の出身だし、この相模湾の海辺は故郷と繋がっているようでとても懐かしい感じがした。
前作や今回の『潮風メニュー』の中に感じるある種の居心地の良さは、そうした個人的な郷愁めいた想いにも関係があるのかもしれない。

でも、葉山の海辺の風景を知らなくたって、燦燦と降り注ぐ太陽や、爽やかな潮風に当たるのが気持ちいいのと同じように、たくさんの人にこのストーリーを味わって欲しいと心から思う。

私は40代だけれど、ちょっと人生に疲れたな、と感じている同世代。
人生の目標を見つめ直そうとしている少し下の世代。
そして、これから困難な時代に船出するたくさんの若い人たちにも。
そっと背中を押してくれる、この海辺の街の小さな物語を。

そのお手伝いが、ストヨコというちょっと変わった本屋から出来るのであれば、ファン歴30年近い私にとってこんなに嬉しいことはない。

作品紹介



潮風メニュー
著者 喜多嶋 隆
定価: 814円(本体740円+税)
発売日:2022年09月21日

陽だまりのような小さな食堂。一緒なら、きっとうまくいく。
とれたての魚介類と、地元の有機野菜を使った料理が評判を呼び、海果の店は軌道に乗りはじめた。わけあって一人暮らしの 13 歳の愛に加え、迷子のサバトラの子猫も海果の家で暮らすことに。しかし、この店ごと買い取りたいという人が現れて――潮風の中で始まる恋と友情、そして新しい夢。葉山の海辺にある小さな料理店を舞台に、自分の居場所を見失った人々が、心を癒していく姿を温かく描くシリーズ。爽やかな感動の物語。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001808/
amazonページはこちら

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