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特集

『タラニス 死の神の湿った森』刊行記念エッセイ――イギリス取材記「幽霊を求めてウェールズへ」内藤 了

2022年9月16日に発売された、内藤了さん『タラニス 死の神の湿った森』。
ドラマ化もされた「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズや、「東京駅おもてうら交番・堀北恵平」シリーズで人気の著者が初単行本の作中舞台として選んだのは、イギリスのウェールズでした。
“あの男”の少年時代を描く、切なく恐ろしく美しい「お屋敷」ホラー&ミステリとなった本作。その取材で現地を訪れた際に起こった出来事とは……? 驚きの怪談エピソードをお届けします。



『タラニス 死の神の湿った森』書誌情報はこちら
https://www.kadokawa.co.jp/product/322206000481

イギリス取材記「幽霊を求めてウェールズへ」

内藤 了

 法医昆虫学者のサー・ジョージは「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズに登場するキャラクターで、母親殺しの禁忌を犯すが、その背景について作中で詳しく語られることはない。その分を一本の物語にしたい思惑があって、取材のタイミングを図っていたからだ。自分は五感を駆使した表現を心がけていて、物語を書くに当たっては舞台となる場所の空気や湿度や光などを重視する。ジョージの故郷ウェールズの話を書くならば、ウェールズを知ってからだと考える。もちろん『お屋敷』も調べたい。
 幸いコロナ禍直前に渡英が叶い、『幽霊が出る屋敷』の取材ができた。私はオカルト信者ではないが、起きたこと感じたことはそのままに、否定も肯定もしないタイプだ。でも正直に言うとオバケは怖い。理屈ではなく五感にビシバシ感じるからだが、仕事とあれば仕方がないのでそうした場所を選んで巡り、思惑どおりに奇妙な体験をした。
 殺戮と闘いの地ウェールズはあまりに美しい場所だった。アーサー王伝説を地でいくような荒野には圧倒されたし、連綿とつながる丘に羊が群れて人の姿がほぼないことにも驚かされた。複数の古城が観光名所になっているのだが、遠目にロマンチックな石積みの建造物は、近寄れば過去が染みついているのを感じる。たとえばケルフィリー城は門を潜った瞬間から不穏だった。空気が壁のようで呼吸が苦しく、押し返して来る感覚があり、同行者が恐怖に襲われて不調を来たし、動けなくなった。その城では今も夜な夜な騎士の霊が徘徊しているそうで、異様な城の様子は『死の神の城』の章に反映したので読んでみて欲しい。
 カーディフ郊外にあるマナーハウスに泊まった夜のこと。そこは『タラニス屋敷』同様に改修後ホテルとして営業しているが、間取りが当時のままなので、開閉しない窓にクラウンガラスがはめられていた。部屋に着いてバスルームに入ると、なぜか床が濡れている。水漏れかなと思ったが、設備に異常はないようだ。きれいに拭いて、またバスルームに入ると、今度は鏡が曇っている。おかしいな、と思いながらも猫足のバスタブに湯を溜めて、荷物の整理をしていると、突然、『ザー!』と音がした。バスルームでシャワーヘッドがフックを外れ、湯をまき散らしながら躍っていたのだ。『ギャー』と言うべきところだけれど、数日英語ばかり聞いていた自分はなぜか『o,oh!』と首をすくめて、英国かぶれか! と自笑した。怪異なのかな? と思いながらも風呂に入って、ベッドルームに戻ってくると、今度は壁の向こうで賑やかに話す声がする。大勢の声でかしましく騒いでから『Ha,ha,ha!』と笑う。そしてドアをノックする。
 開けても誰もいないのだ。隣の部屋の客はまだ騒いでいるけれど、ドアを開けたとき気がついた。戸建てで隣の部屋はなく、ドアを開ければ階段で、入口はロックしてあるわけだから、誰かが上ってくるはずはない。その後もノックは続き、話し声もしばらく聞こえた。そして私は気がついた。幽霊は、『うらめしや』と日本語で喋るから怖い。英語に不慣れな人間は、何を言われているかわからないので、怖がるスキルがそもそもなかった。
 
『タラニス 死の神の湿った森』に出てくる幽霊は、こんな愉快なタイプではないけれど、土地の空気や冷たさや、風や音や光などは作中に閉じ込めることができたつもりでいるので、表紙を開いてウェールズへ飛び、彼の地を感じてもらえたならば嬉しいです。地球はどこまでも美しい。外側から村々を訪れた者として、土地の歴史を含めそこに暮らす人々に心から感謝しています。
     ──二〇二二年夏 記す


ウェールズ南部のケルフィリー城の写真。(撮影/内藤 了)


『タラニス 死の神の湿った森』電子書籍版では、この写真含め計3点の現地取材写真とミニガイドが電子版特典として付いています。

作品紹介



タラニス 死の神の湿った森
著者 内藤 了
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2022年09月16日

少年は、真実を知り大人になる。死の神屋敷に隠された悲しき少女の過去と謎
ドラマ化もされた「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズ、「東京駅おもてうら交番・堀北恵平」シリーズで人気の内藤了。
初の単行本はあの男の少年時代を描く「お屋敷」ホラー&ミステリ!

 イギリス・ウェールズで少年ジョージが暮らす「タラニス屋敷」。「タラニス」とは「死の神」を意味するケルトの神だ。
 夜遅く目覚めたジョージは家政婦のミツコに物語をねだる。彼女が、秘密の話ですよと「ゲッシュ」(ケルトの魔法の取り決め)を交わしながら語ったのは、屋敷に伝わる、メリッサという少女の物語だった。メリッサは、子どもを食べる死の神に生きたままかまどで燃やされたという。そのかまどがお屋敷の廃墟部分『死者の間』にある、近づいてはいけない――。けれども、一緒に話を聞いた兄のアルフレッドは、今度マムと戻ってくる赤ちゃんへの贈り物を探しに『死者の間』に行こうと言い出し……。
 廃墟の秘密の扉を開けてしまったことで、夜な夜な現れるようになったメリッサの亡霊。そこに隠された真実と、ツェルニーン家の秘密とは。
 やがて法医昆虫学者として日本を訪れることになる、ジョージ・クリストファー・ツェルニーン。
 彼の少年時代に秘められた悲しく凄絶な物語。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322206000481/
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