日本ホラー小説大賞出身の鬼才が放つ、異形蠢く戦慄の復讐譚!――堀井拓馬『わたしを呪ったアレ殺し』レビュー
評者:朝宮運河
ホラー小説界の鬼才・堀井拓馬の新作『わたしを呪ったアレ殺し』(角川ホラー文庫)がついに刊行された!
堀井拓馬は2011年、粘液に覆われた未知の生物が日本中に現れるという怪作『なまづま』で第18回日本ホラー小説大賞の長編賞を受賞してデビュー。翌年には、肉のかたまりのような妖怪ぬっぺほふが人間に愛玩されている異形の大正時代ホラー『夜波の鳴く夏』(2012年)を発表した。
両作に共通しているのは粘膜やゼラチンをこね回したかのような、ねちょねちょぶよぶよとした、湿り気のある感覚だろう。『なまづま』『夜波の鳴く夏』の2作によって、堀井拓馬は日本のホラーシーンに独自のポジションを占めることになったのである。
惜しむらくはかなりの寡作であり、単著としては上記2作のほか『臨界シンドローム 不条心理カウンセラー・雪丸十門診療奇談』(2017年)があるのみ。アンソロジーや雑誌に寄稿した短編を除くと、『わたしを呪ったアレ殺し』は約7年半ぶりの新作となる。ファン待望の、という言葉がこれほど相応しい作品もそうないだろう。
さっそく気になるあらすじを紹介すると、物語は東京都内にある某大学のキャンパスで幕を開ける。この大学では近頃、〈蛞蝓女〉という怪異にまつわる噂が広まっていた。背の高い女の化け物が現れて、学生たちを事故に追いやっているというのだ。噂を知った大学生・宮間芽衣は激しく動揺する。というのも芽衣を長年悩ませてきた〈アレ〉と、都市伝説の〈蛞蝓女〉がよく似ていたからだ。
〈アレ〉というのは芽衣が9歳の時、祭りの夜にとり憑かれた影のこと。以来11年にわたって影は成長しながら、芽衣を苦しめてきた。詳しい事情を知っているらしい祖母からは「“アレ”のことは、決してだれにも話しちゃいけない」「でないとあんた、ひどい死に方をするよ」と警告されている。
芽衣にしか見えないはずの〈アレ〉が、今になって周囲の学生たちを襲い始めたのはなぜか。そもそも〈アレ〉とは何なのか。呪いの謎を解くために、芽衣は恋人の青井恭一とともに父方の郷里・沢母児町を11年ぶりに訪ねる。そこに中学時代の先輩・雪丸千璃も加わって、3人は町の秘密を探り始めるのだが……。
閉鎖的な集落、代々伝えられてきた儀式、拡散する呪いなど、『わたしを呪ったアレ殺し』にはホラー好きを惹きつけるモチーフが多数盛りこまれている。これらは令和の国産ホラー小説にしばしば登場するもので、“ホラーらしいホラーを読みたい”という読者の期待に応えてくれる作風といえるだろう。
というとトレンドをなぞった小説のように聞こえるかもしれないが、あの堀井拓馬の新作が没個性的であるはずがない。『わたしを呪ったアレ殺し』は因習系ホラーの王道的アイデアを用いながら、はっきりと堀井カラーを打ち出し、他に類を見ない作品となっている。
堀井拓馬らしさがもっとも鮮明に表れているのが、〈蛞蝓女〉に関するさまざまな描写である。ある意味身も蓋もないネーミングのセンスもすごいが、外見がまたすさまじい。全身がぬめぬめとした粘液に覆われ、身長は3メートルほど、顔が大きく、目があるべき場所からは腕が生えている。それを表現する文章はたとえばこんな感じである。
濡れそぼつイチョウの木のうしろから、青白く、細い腕があらわれた。異様に長い。肘が完全に幹の陰から出てもまだ肩は見えず、ふたつめの肘と思しき関節が、わずかにのぞいていた。腕はどこも傷とシワに覆われている。しかし、枯れ枝のような印象に反して、それはしとどに濡れていた。糸をひく、ぬるりとした粘液で。
いうまでもないことだが小説は映画やマンガのように、ビジュアルをそのまま読者に見せられるわけではない。だからといって克明に描写すれば、リアルさが読者に伝わるというものでもない。作家には言葉を巧みに操り、読者の心にイメージを浮かび上がらせる技術が求められるのだが、その点本作の〈蛞蝓女〉出現シーンは秀逸だ。
この世にいるはずのない化け物が生々しい迫力と実在感をもって、しかも『なまづま』や『夜波の鳴く夏』を彷彿させるようなねちょねちょした質感とともに描き出され、ぞっと鳥肌立つような怪異シーンを作り上げている。モンスターホラーのファンなら、ここだけでも十分お釣りがくる展開だろう。
沢母児町を訪れた芽衣は、父と祖母が営む旅館を拠点に、〈アレ〉の秘密を探り始める。11年前の祭りの晩に出会ったウルミという子の素性、町の住人に畏れられている神・メノテメさんの正体、祖母が口にした“呪いを殺す方法”。いくつもの謎が複雑にからみ合い、芽衣たちを戸惑わせる。
物語が進むにつれ徐々に浮かび上がってくるのは、闇よりも暗い沢母児の歴史と、そこにわだかまる住人たちの業だ。血の繋がった父や祖母すら信用できないという状況が生み出す恐怖とサスペンスは、まさに因習系の面白さ。賑やかだった11年前の祭りの記憶(文庫本のカバーに描かれている風景がそれ)と、寂れた現在の町並みが対比をなして、物語をノスタルジックに彩っている点にも注目しておきたい。
そして訪れた祭りの日、〈アレ〉をめぐるさまざまな疑問が氷解する一方で、芽衣たち3人にも命の危機が迫る。人の怖さと怪異の怖さ、ふたつの恐怖に行く手を阻まれるかのような絶望的なクライマックスは、ホラーとして圧倒的に正しいものだ。恐怖と不気味さがピークに達する一夜の顛末を、ぜひ目に焼きつけていただきたい。
しかも、である。物語はこれだけでは終わらないのだ。事件が一段落した後、物語は思いも寄らない方向へと展開していくのである。そしてこれまで読んできた物語も、異なる角度から当てられた光によって大きく印象を変える。本の帯には「〈豹変系〉ホラーミステリ」という惹句が躍っているが、この鮮やかなマジックはまさに豹変と呼ぶにふさわしい。
これまで述べてきたとおり、『わたしを呪ったアレ殺し』には従来の堀井拓馬らしさが濃厚だ。しかしそのねちょねちょぶよぶよとした装いの下には、スマートに組み立てられたミステリ的な骨格が隠れている。サプライズの先に浮かび上がるのは、タイトルに込められた真の意味と、ある登場人物の数奇な人生。本作は孤高の道を選ぶものを描いた物語として、既刊3冊と響き合っているようにも思われる。
近年ますます盛り上がりを見せている国内ホラー小説シーン。そこに唯一無二の作風を誇る堀井拓馬が、ホラーミステリの力作をひっさげ還ってきたのは実に喜ばしいことだ。これまでの寡作のイメージを吹き飛ばす勢いで、次々に新作を発表し、ホラー界をきらめく粘液色に染め上げてほしい。
作品紹介
書 名:わたしを呪ったアレ殺し
著 者:堀井拓馬
発売日:2025年02月25日
日本ホラー小説大賞出身の鬼才が放つ、異形蠢く戦慄の復讐譚!
自分だけに見えていたはずの怪物・蛞蝓女がSNSで話題になっているのを知った大学生の芽衣。
粘液を垂れ流しながら追ってくる“アレ”に捕まればきっと死ぬ――
現実と向き合うため、芽衣は彼氏の恭一とともに呪いが生まれた故郷・沢母児町へ向かう。
先輩で研究者の雪丸千璃も加わり、“呪いを殺す方法”を探っていくが……。
土地神の祟りの噂、不気味な町民たち。
町の禁忌に触れた時、想像を絶する地獄が始まる。
日本ホラー小説大賞出身の鬼才による、異形蠢く戦慄の復讐譚!
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