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(評者:西上心太 / 書評家)
《ゲスミス》に《イタミス》。
常識を突き抜けたトリックや意匠を持つバカミスや、爽快な読後感と正反対のイヤミスという言葉はすっかり市民権を得ているが、染井為人のこれまでの二作品は、新たなサブジャンル名を与えるのにふさわしい個性的なミステリーだった。
第 37 回横溝正史ミステリ大賞優秀作の『悪い夏』は、生活保護給付金の不正受給者たちと、そのまた上前をはねようというゲス人間ばかりが登場するゲスミスと呼ぶにふさわしい作品だった。続く『正義の申し子』はタイガーマスクの覆面を被り悪を糾弾するYouTuberと、彼に個人情報を晒された振り込め詐欺一味の男との戦いを描いた作品だ。このYouTuberには確たる信念はなく、しかも友人もいない実生活は痛々しく、読んでいる最中からイタミスという言葉が浮かんだのであった。
前者は真面目な主人公がゲスな輩とからむうちに負のスパイラルに陥っていくのに、なぜか爽快感もあるという不思議な物語でもあった。後者も不倶戴天の両者の間に、ゲスな金持ちの“ぼんぼん”どもが関係してきたことで思わぬ展開となり、その結果心地よい読後感が得られる仕儀となった。
両作品に共通するのは、ゲスだったりイタいキャラクターの設定がしっかりしており、ストーリーの転がし方も堂に入っていたことだ。プロ作家ならこのくらいは当然のことなのだが、この作者は前述したような不思議な読後感を味わわせてくれる。これこそが染井為人ならではの個性であり、なかなか得がたい資質なのではないかと思うのだ。
三作目の本書は先の二作に比べると、おとなしく幕が開く。
福井県で高齢者ドライバーによる死亡事故が起きた。86 歳の老人が運転する軽トラックがコンビニに突っ込み、28 歳の店長が死亡したのだ。その事件をきっかけに、高齢者の運転事故に関するルポを書くことになったフリージャーナリストの俊藤律は、東京からベスパに乗って現地を訪れる。認知症を患った老人がブレーキとアクセルを間違えたため、車が暴走し、運悪く犠牲者が出た。簡単な取材を済ませ、ありきたりな結論を書けば終わる容易な仕事のはずだった。
だが俊藤が、加害者が暮らしていた村を訪れた時、状況は一変する……。
三人称一視点の視点人物である俊藤が、被害者遺族や加害者の関係者などを取材するうちに、疑問が浮かび上がり意外な真相に行きあたる。このスタイルは紛うことなき私立探偵小説のフォーマットである。とはいえ主人公の俊藤はハードボイルドヒーローとはだいぶ様子が違う。けっして強面でもなければ腕っ節が(多分)強いわけでもない。だがネタをつかんだら離さないしつこさと、取材のためなら嘘も方便と割り切る(あとで反省はするが)マスコミ人特有のメンタリティの持ち主なのである。
こんな男が個性的な関係者と渡り合うのだ。特にコンビニのオーナーでもある被害者の父親がすごい。亡くなったのが妻の連れ子とはいえ、頭にあるのは補償金のことばかり。死者を悼む気持ちはほとんどなく、被害者側である自分に有利な記事を書いてもらおうと俊藤を揺さぶるのだ。一方の俊藤もしたたかで、真相解明のための資料を得るため、餌を見せつつ欲にかられた父親を利用する。この両者のやりとりがとにかく面白い。
さらに電話でだけ登場する、裁判官だという俊藤の別れた妻が印象的だ。ある時は俊藤に法律的な知恵を貸し、ある時は他愛のないやりとりの直後に俊藤をやり込める。二人の会話が絶妙のチェンジオブペースをもたらしている。
大型店の進出で近所の商店が淘汰されたあげくに過疎も重なり、高齢者自身が運転しないと生活できない地域が増大している。一方で高齢者ドライバーによる事故や、あおり運転といった危険行為など、運転に関する問題がしきりにニュースに取りあげられている。
本書はそのような現実を踏まえながら、僻村に残る独自の文化(まるで横溝正史の世界ではないか!)がからんだ事件の真相をあぶり出す。前二作のようにぴったりな異名を付けるのは難しいが、印象的なキャラクターを造形しながら、私立探偵小説の手法に則った、作者にとって新しい一面を見せたミステリーが本書なのだ。きっとお楽しみいただけるに違いない。
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