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連続猟奇殺人犯を女性刑事が追う。人間の異常心理に迫る、一気読み警察小説! 前川裕『コウサツ 刑事課・桔梗里見の囮捜査』

書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
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(評者:千街晶之 / ミステリ評論家)

誰も信用できなくなる異色の警察小説

 前川裕というと多くの人が最初に思い出すのは、第十五回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、黒沢清監督によって映画化もされたデビュー作『クリーピー』だろう。犯罪心理学者の高倉が異常な事件に巻き込まれるこの作品は、人間の歪んだ心理の描写をメインとしていた。その後、著者は高倉が登場するシリーズや、一連の犯罪実録めかしたフィクションなどを発表しているが、日常に潜む狂気というテーマはデビュー作から一貫している。
 その最新作『コウサツ 刑事課・桔梗里見の囮捜査』は、タイトルが示す通り、著者にしては珍しく女性刑事を主人公にした物語だ。その意味では新機軸だが、一方でやはり著者らしい作品だとも言える。
 警視庁武蔵野署の刑事・桔梗里見は、刑事生活三年目にして初めて殺人事件の現場に臨場した。吉祥寺で起きたその事件は、独り暮らしの女子大生が何者かに絞殺され、臍をえぐり取られるという残忍なものだった。この事件に先立って、福生市内ではソープランドで働く女性が絞殺されており、また吉祥寺の事件の後には、下町の町屋で六十代の女性が絞殺された。女性であるということ以外に被害者に共通点がないため、互いに関連性がありそうには見えなかったこの三つの事件は、犯人が左利きらしいという点が共通しており、同一犯による連続殺人の可能性が浮上してきた。三つの現場のほぼ中心にあるため、第二の事件の所轄である武蔵野署に捜査本部が置かれることが決まる。
 桔梗がコンビを組むことになったのは、プロファイリングの専門家で、「歩く殺人百科」と呼ばれる本庁の刑事・平瀬健だ。また、桔梗の恩師で、犯罪学の権威である大学教授・大村邦房も捜査に有用な助言を授けてくれる。……と書くと、この二人が頼もしい存在に思えるかも知れないが、そうではないあたりが本書のユニークな点だ。
 平瀬は取っつきにくい変人で、桔梗とは何かにつけて意見が合わない。そうかと思えば、いきなり彼女の意見を重視する奇妙な掌返しを見せたりもする。大村は不祥事で大学を辞めさせられており、他にも何やら秘密を抱えている様子だ。
 この二人のみならず、容疑者サイド・捜査サイドを問わず、本書には信用できる人物が殆ど登場しない。信用できそうな人物も次第に怪しくなってくるし、最初から怪しく見える人物はやっぱり怪しい。渦巻く不信の中で、桔梗も妄想めいた奇妙な思考に取り憑かれてゆく。誰もが心の奥底に歪んだ部分を抱えているように思えてきて、ただでさえ凶悪な犯罪が起こるこの物語の雰囲気をいっそう不穏なものとしている。
 犯行は更に連続し、とうとうマスコミから「東京絞殺魔」と呼ばれて騒ぎ立てられるようになる。果たして一連の犯行は、一九六○年代アメリカを騒がせた実在の犯罪「ボストン絞殺魔」事件にオマージュを捧げたひとりの人物の仕業か、それとも複数の犯人がいるのか。
 混迷の果てに、桔梗は(タイトル通り)囮捜査に打って出る。もちろん、警察の捜査の手法としては(麻薬方面の事件を除いて)禁じ手である。果たしてこの手法が、手強い犯人に通用するのかも本書の読みどころだが、一応事件が決着した後、エピローグには読者の肝を冷やすような出来事が待っている。先に本書を「やはり著者らしい作品だとも言える」と記したのはそのことだ。警察小説としては珍しい、江戸川乱歩の名作『陰獣』を想起させるこの不気味な余韻こそ、デビュー作『クリーピー』以来、人間の異常心理を描くことに関心を寄せ続けた著者ならではのものだろう。桔梗同様に、読者もこの出口のない迷宮に取り残されるしかないのである。

ご購入&試し読みはこちら▶前川裕『コウサツ 刑事課・桔梗里見の囮捜査』| KADOKAWA


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