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幕末が舞台だからこそ描けた無上の「幕切れ」小説 ——須賀しのぶ『荒城に白百合ありて』【評者:吉田大助】

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。物語を愛するすべての読者へブレイク必至の要チェック作をご紹介する、熱烈応援レビュー!

須賀しのぶ『荒城に白百合ありて』(KADOKAWA)

評者:吉田大助


須賀しのぶ『荒城に白百合ありて』(KADOKAWA)

須賀しのぶ『荒城に白百合ありて』(KADOKAWA)


 こんな光景を見たかったわけじゃなかった。直前の展開をきっかけに膨らんでいった期待は裏切られたし、手にした読後感はあまりにも予想と違った。けれど、これ以外はなかった。これ以上に、この物語にふさわしい結末は絶対になかった。幕末を舞台にした須賀しのぶの長編『荒城に白百合ありて』は、ラスト四ページ……いやラスト一行の凄まじい切れ味で読み手の心に傷跡を残す、無上の「幕切れ」小説だ。
 振り返ってみれば「幕開け」も強烈だったのだ。薩長軍が迫る会津の城内で、白装束を着た母が娘の前に現れる。共に自害するためだ。娘は問う、「……おばあさまはどうしたのですか」。母は答える、「お見事でした」。現代的な価値観が、ぐにゃりと歪む会話だ。ところが、母のもとに突然一通の文が届けられ、文を開いた途端に母の顔色が変わる。いったい何が書かれていたのか。少女の運命は? 問答無用で好奇心が掻き立てられ、序章で描かれた場面の到来を待ちながら読者はページをめくり続けることとなる。
 綴られていくのは幕末に生まれ落ちた、二人の男女の出会いと別れの物語だ。江戸に暮らす会津藩士の娘・鏡子きょうこは、文武両面で才能を持ちながらも、母の教えは「私たちは、考えてはならないのです。私たちが考えるべきは親のこと、長じては夫のこと、そして我が子のこと。それだけです」。芽吹きながらも咲くことがない花を、胸に抱えて生きてきた。一方、将来有望な薩摩藩士であり留学のために江戸へやってきた岡元おかもと伊織いおりは、同門の塾生たちと切磋琢磨する青春の日々を過ごしていた。そんなある日、江戸で大地震が起こる。阿鼻叫喚の地獄絵図と化した路上で、鏡子と伊織は出会い、運命的な繋がりを得る。伊織もまた、己を偽って生きる人間だったのだ。
 会津藩と薩摩藩。のちの歴史が明らかにしているように、両者の関係は敗者と勝者だ。しかし、当初は幕府との距離感の違いは大きくなかった。にもかかわらず、絶対的な敵対関係を結ぶことになってしまった。その歴史的推移を、どうしてこんなことになってしまったのか……という登場人物たちの心境とともに、物語はつまびらかに記録していく。負けると分かっているのに、戦う道を選ぶ。その愚かさと、その選択に生じる美しさをも描き出しながら。そこに重ね合わされているのが、鏡子と伊織の関係だ。魂の片割れ同士というべき二人が、出会った。お互いが特別な存在であることも認識し合っていたが、離れ離れになった。もしも二人が一緒に生きることを選んでいたら、どうなっていたのか。そうした「if」の想像力が、会津藩と薩摩藩の関係性にも入り込んでくる。二つの藩が手を結んでいたら、その後の歴史はどうなっていただろうか、と。
 作中では、個人の思惑をやすやすとねじ伏せる、時代の「流れ」の存在が強調されている。現代人も、気付かぬうちに幕末とは別の「流れ」の中を生きている。その「流れ」を、いかに意識することができるか。自分の人生を、選べているか? あまりにも鮮やかな「幕切れ」の先で、思考がずっと止まらなかった。

▼書籍の詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321903000385/

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