menu
menu

レビュー

学ぼう。疑問を持とう。便利に使われるだけの人生が嫌ならば。『人間使い捨て国家』

書評家・作家・専門家が《新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。

(評者:望月衣塑子 / 東京新聞記者)

 2019 年の臨時国会は、さまざまな疑問をそのままに閉会した。安倍政権は「桜を見る会」の出席者リストや“総理推薦枠”について「調査しない」とごまかし、逃げ切りを計ったままだ。「放っておけば国民はすぐに忘れる」。そんな政府の狙いが透けて見える。
 その臨時国会では、政府の新規提出法案 14 本が成立した。うち 1 本は本書が「断じて認めてはならない」と批判する、学校の先生の働き方に関わる「改正教職員給与特別措置法」だった。筆者が「見かけの残業時間を減らすためのごまかし」と非難する「変形労働時間制」も盛り込まれた。

 夏休みなどで所定勤務時間を短くする代わりに、忙しい時期に長時間勤務ができるようにする仕組みだが、確かに残業にカウントされにくくなるだけで、勤務の負担軽減につながらない。つくづく上っ面だけの「改正」が好きな政権である。
 公立学校の教員は、学校行事や職員会議などの「超勤 4 項目」をのぞけば、残業できないというのが建前だ。でも実際は、部活の引率や生活指導、進路相談や受験対策の補習に多くの時間を費やしている。おかしなことに、これらは先生たちの「自由意思」によるものとされ、手当が出ない仕組みになっている。一方で、プログラミング教育の必修化や外国語の教科化など、現場の負担は年々、増え続けている。本書によると、国の実態調査からは小学校教諭の約 3 割、中学校教諭の約 6 割が過労死ラインで勤務していることがわかるという。

 先日、私が講演で関西を訪れた際、元教員で今は教員補助を務める女性からこんな話を聞いた。
「若い先生は土曜日も働いている。でも『変形労働時間制って知っている?』って聞いたら、知らないのよ」
 全員が知らないわけではないだろう。でも、現場の先生たちは今回の法案審議について、どこまで自分ごととして認識していただろうか。

 法案が成立した 2019 年 12 月、教員の働き方と並び、本書が1章を費やした「コンビニ」もニュースになった。業界最大手のセブン-イレブンが残業代の未払いを長年、放置してきた問題が発覚したのだ。同年 11 月には、本部社員が加盟店に無断でおでんを発注していた「事件」も判明した。
 コンビニ会計では、売れ残って廃棄した商品の原価は加盟店の負担になる。品切れは利益を逃すことになるが、売れ残って捨てても本部の懐は痛まない。クリスマスケーキも節分の恵方巻きも、売り切れないほどの量が店に並ぶのは、本部社員が加盟店側に発注を促していることが背景にある。店側はなかなか逆らえない。
 コンビニ会計の特殊性や本部と加盟店の力関係については、2009 年に公正取引委員会が本部の優越的地位の濫用があったとして行政処分を出す事件があり、一般的に知られるようになった。処分直後に「コンビニ加盟店ユニオン」が誕生し、24時間営業の見直しなど、本部に対して権利保障を求める動きが広がったが、賛同する加盟店は一部にとどまっている。本部に嫌がらせを受けるのが怖いからだ。
 オーナーのなかには、コンビニ会計の特殊性について「契約前に十分な説明がなかった」と証言する人もいる。夢のある話を信じて加盟店になると、契約終了まで売り上げの一部をロイヤリティとして本部に払い続ける。本書が「小作農」と形容するゆえんだ。
 教員もコンビニオーナーも、過労が原因とみられる死は多い。

 もし、あなたが日々の仕事が忙しすぎて自分の労働環境について調べたり、ニュースを見たり、考えたりする時間がないとしたら。「どうせ変わらない」と異議を唱える気力を失って、黙々と働いているのだとしたら……。あなたはすでにロボットになりかけていると疑った方がいい。ロボットは壊れたら捨てられる。代わりがいくらでもあるからだ。
 自分で選んだはずの会社や組織で、なりたかった職業で、誰かに都合の良い「ロボット」「小作農」にされてはいないだろうか。強迫観念で思考を停止してはいないだろうか。
 筆者はブラック企業問題に長く取り組んできた法律家だ。本書では「低賃金・長時間労働」が法とその運用の不備のために生じており、政治家や企業、組織によって野放しにされたことが、日本の衰退の要因と結論づけ、その背景について分析している。具体的な事例を取り上げつつ、データを用いて解説されており、説得力のある一冊だ。特に第 2 章は労働法にかかわる解説的な役割を果たしており、とても勉強になった。
 現状の制度の批判だけではない。最終章では、具体的に 25 項目にわたって人間使い捨て国家から脱却するための方法を提言している。
 もっと学ぼう。もっと疑問をもって考えよう。もし、あなたが便利に使われるだけの人生を送りたくないなら、本書はその道しるべになるはずだ。


書影

角川新書『人間使い捨て国家』(明石順平・著)


明石順平著『人間使い捨て国家』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321905000106/


紹介した書籍

新着コンテンツ

もっとみる

NEWS

もっとみる

PICK UP

  • ミシェル・オバマ『心に、光を。 不確実な時代を生き抜く』特設サイト
  • 北原里英『おかえり、めだか荘』特設サイト
  • 蝉谷めぐ実特設サイト
  • ニシダ『不器用で』特設サイト
  • 山田風太郎生誕100周年記念特設サイト
  • カドブンブックコンシェルジュ ~編集部があなたにぴったりの本をご提案します~ 【編集部おすすめ小説記事まとめ】

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2023年9月号

8月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2023年10月号

9月6日 発売

怪と幽

最新号
Vol.014

8月31日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

虚空教典

著者 剣持刀也

2

この夏の星を見る

著者 辻村深月

3

気になってる人が男じゃなかった VOL.1

著者 新井すみこ

4

たゆたう 特装版

著者 長濱ねる

5

青瓜不動 三島屋変調百物語九之続

著者 宮部みゆき

6

不器用で

著者 ニシダ

2023年9月10日 - 2023年9月17日 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

レビューランキング

TOP