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レビュー

「法律家には何ができるか?」という謎を巡る、現役弁護士によるリーガルミステリーの新機軸——織守きょうや『朝焼けにファンファーレ』(新潮社)【評者:吉田大助】

物語は。

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織守きょうや『朝焼けにファンファーレ』(新潮社)

評者:吉田大助



 現役弁護士であるという職能を生かし、リーガルミステリーを書き継いできた、織守きょうや。その流れを汲んだ最新作『朝焼けにファンファーレ』は、法曹界に「同期」として進むことになった司法修習生たちと、「先輩」司法関係者たちが織りなす群像劇だ。司法修習生とは、司法試験に合格した後の一年間、プロになるためのトレーニング=モラトリアム期間を過ごす「法律家の卵」のこと。彼らは裁判所、検察庁、弁護士事務所で順繰りに修習を重ねる。それらの体験を経たうえで、裁判官になるか検察官になるか弁護士になるか、道を決めるのだ。

 第一章は、法律事務所に配属された茶髪でイケメンの修習生・藤掛千尋の日々を、指導担当となった弁護士・澤田花が語り手となって追いかける。ある日依頼人から、夫が浮気しているかもしれない、けれど離婚はしたくないという相談が寄せられる。〈夫婦関係を円満になるよう調整するとなると、法律の知識だけではどうにもならない〉。解決に導いたのは、法律外の知識や経験を豊富に持つ、藤掛のひらめきだった。「人は見かけによらない」という章題の意味が、ラストで二重三重に効いてくる。

 リーガルミステリーは、実在するどの法律をメインに据え、六法全書の盲点をどう突くかが肝となる。だが、第一章のミステリー要素は、いわゆる日常の謎と呼ばれるタイプのもの。裁判所の修習生&書記官のタッグで少年犯罪について描かれる第二章、検察庁の修習生&検察官のタッグが嬰児殺害事件の裁判に臨む第三章でも、独創性のある法解釈が物語のメインに据えられているわけではない。その代わりに満たされているのは、法律にまつわる感情のドラマだ。

 修習生たちは、プロならばスルーするような法律に対する疑義や違和感を抱いて立ち止まる。そうした動向をキャッチし、なんらかの言葉を返そうとすることで、プロの法律家たちもまた法律に思考を巡らせる。司法修習生という制度は、もしかしたらプロのため、彼らを初心に返らせるためにあるのではないか。そんなふうに感じさせるドラマテリングが採用されている。

 法律が万能でないことは、今や誰もが耳学問で知っている。その結果、法律への不信感がかつてないほど芽生えている。現代人が取り戻すべきはおそらく、法律への信頼感以上に、法律家への信頼感なのだ。その信頼は、法律家はドライでブレない透徹したロジカル思考の人間である……という情報からは生じない。法律家は、感情を持った人間である。自分と同じ弱さや揺れや、愛を持った人間であるという共鳴から、始まる。ある司法修習生は言う。〈助けたいと思った誰かのために、法律の範囲内で何ができるのか考えるのが法律家だと思う〉。その言葉を聞いて、「先輩」は小さく呟く。〈──俺も、そう思うよ〉。

 第二章で描かれた少年法の根拠とされる「可塑性」の表現、第三章の結末で「そこが謎だったのか!」となる驚きは鮮やかで、最終第四章で初めて修習生が視点人物となり、「同期」の青春群像がグッと高まる構成は感動的だった。著者ならではのリーガルミステリー=「法律家には何ができるか?」を巡る物語を、これからも期待したい。

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