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(評者:東 えりか / 書評家)
海堂尊が作り上げた壮大な物語、『チーム・バチスタの栄光』から始まる「桜宮市」を舞台とした一連の作品群を「桜宮サーガ」と名付けたのは私だ。
2008年『ジーン・ワルツ』発売時、新潮社のPR誌「波」で対談したときにはじめて「桜宮サーガともいうべき、一連の作品」と私が言うと、海堂が「それいいですね、使わせてもらいます」と答えたのが始まりだったと記憶している。
当時、デビューしてまる2年で上梓した本がすでに8冊というハイペース。並みの新人じゃないとすでに誰もが思っていたが、その対談で宣言したとおり、本当に10年後、通算25冊目の『スカラムーシュ・ムーン』(新潮社)で「桜宮サーガ」はいったん完結した。
描いた世界は1988年から2022年くらい。過去から近未来まで、医療を中心とした社会風刺の小説として多くのファンを得た。
海堂尊はデビューした2006年から、日本の近未来を想定していた。
一例として、Ai(オートプシー・イメージング)の運用がある。彼が現役の病理医であり、MRIによる死亡時画像診断「Ai」の推進者としてさまざまな妨害を受けていたことは、『死因不明社会』など一連のノンフィクションで発表されている。しかしその有益性は揺るがず、2009年には医療事故のサポート機関として一般財団法人 Ai情報センターが創立された。
医療だけにはとどまらず、司法、行政など、地方で起きた小さな齟齬、誰かに降りかかった事件にフォーカスし、次第に国家的な大問題に気づかされていく物語は、いつわが身に降りかかってもおかしくないと読者を震撼させた。
さて一応の完結を見た「桜宮サーガ」だが、ファンのひとりとしてなんとか続きが読みたいものだ、と思っていた。『氷獄』発売は待ちに待った朗報である。
『小説 野性時代』では毎年一度、医療小説特集が組まれており、海堂は「桜宮サーガ」の外伝として短編小説を発表していた。
「双生」は2015年、「星宿」は2017年、「黎明」は2018年、「氷獄」は2019年に発表された作品を改稿したものだ。海堂作品のファンであれば、どの作品のスピンオフ作品なのかはすぐにわかるだろう。
本書の半分以上を占める表題作「氷獄」だけは少しだけ触れておきたい。物語は2008年から始まる。主人公は37歳の新人弁護士、日高正義。はじめて担当となったのは「バチスタ事件」の犯人、氷室貢一郎。東城大学医学部付属病院が誇るバチスタ手術専門の外科チーム『グロリアス・セブン(栄光の七人)』とも称された「チーム・バチスタ」の一員でありながら、手術中の患者を殺害した疑いで逮捕された。
しかし2年経っても氷室は起訴されていない。容疑は認めているものの取り調べには完黙。複数の被害者がいると報じられているが、証拠がないため起訴されるとしても1件だけになる可能性が高い。氷室はなぜこの犯罪を起こしたのか。日高はその謎を追い始める。
“愚痴”外来の田口公平も、ロジカルモンスター白鳥圭輔も、物語の重要人物として登場する。他にも海堂作品で主要な役割をした人物が次々に現れ、懐かしい知り合いに遭遇したような気持になるのは私だけではないだろう。
久しぶりに「桜宮サーガ」を堪能したのだが、読み終わってさらなる飢餓感が押し寄せてきた。本書に残された謎が大きすぎる。
海堂尊はこの先に何を秘めているのだろう? 大いなる期待をこめて待つことにしよう。
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【『氷獄』特集】
▷11年ぶりの「バチスタ」対談 海堂尊×ココリコ・田中直樹【前編】「田中さんにまたお目に掛かりたくて『氷獄』を書きました」
▷バチスタ裁判、開廷。検察組織にメスを入れる、医療×司法エンタメ! 試し読み①「氷獄」