【カドブンレビュー】
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(評者:片丘フミ)
人生を賭けた大勝負に憧れを抱くのは私だけだろうか。自堕落なボクサーが、勝てば一発逆転というリングに上がる姿、スラム街で育った青年が賞金のかかったクイズに答える瞬間、栄光を取り戻すためのライブで熱唱するボーカル。どの場面にも、思わず自分自身を重ね合わせてしまうほどのスリルと興奮が存在している。
本作の主人公の大学生「戻橋トウヤ」は、そんな大勝負を常にしていないと気が済まない危険な青年だ。欲しいものがあれば、博打で交渉に臨み、賭ける金がない時は自分の腕や命を差し出すと約束してしまう。こうした異常な感覚を持つトウヤが、国家機密のファイルを巡る組織抗争の現場に居合わせるところから物語が動き出す。犯人を目撃したトウヤは、「CIRO-S」と名乗る政府の機密機関の監視下におかれる。新米捜査官の珠子とその上司の佐井から、特殊な「能力」を持つ人間の存在と、この抗争が「最強の能力者」の仕業だと聞かされたトウヤは、やはり常識外の行動に出る。庇護下に入るか、海外に行けという彼らの提案をあっさりと無視し、「能力者」でもある自分が黒幕を倒して抗争を終わらせると、命がけの大勝負に突き進んで行く。
トウヤの自分の肉体を賭けて博打をするという無鉄砲な行動は明らかに異常だ。しかし、極限状態になることによって、平凡な毎日に「生き残る」という目的を与えたい、退屈な人生を変えたい、という想いには共感せざるを得ない。
結局のところ、戻橋トウヤは普通の人間だった。
自らの価値とは何かと悩み、ただ漫然と続いていく人生に疑問を感じ、無意味な生が続くくらいならば派手に散ってしまいたいと願うような。
(p.258より)
一方で、自分に価値があると思えなくても、生きることはやめられない。だからこそ、人生を賭けられる何かが出現することを、いつも求めてしまうのだろう。
本を手に取る行為も、そうした人生を賭けられるものを見つけたい、という意志の一種なのだと思う。そして、本作も過去の名著たちと同様に、触媒となってその欲求に応えてくれると私は断言できる。それこそ、トウヤと同じくらい大胆に、賭けてもいい。
ご購入&試し読みはこちら▷吹井 賢 / イラスト:カズキヨネ『破滅の刑死者 内閣情報調査室「特務捜査」部門CIRO-S』