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レビュー

少年が少年である日々に別れを告げる物語 『烈風ただなか』

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本選びにお役立てください。

(評者:大矢博子 / 文芸評論家)

 少年が世の中の理不尽を知り、足掻き、戦い、敗れながらも一歩、大人の階段を昇る──そんな切なくも清々しい青春時代小説『薫風ただなか』の続編である。前作ではまだ完全に明らかにされていないこともあったので、この続編は待ち望んでいた。
 舞台は自然の多い小藩、石久藩。主人公の鳥羽新吾は組頭の嫡男だが、上士の子が通う藩学ではなく身分を問わず門戸を開く郷校・薫風館に通っている。そこで出会った普請方の嫡男・間宮弘太郎と農民だが聡明な栄太は、新吾にとって大事な親友だ。
 だが、時の流れは若き少年たちの上にも公平に過ぎていく。前作から二年後の本書では、まず栄太の江戸行きが読者に知らされる。農民の子でありながらその英明さが認められ、藩の費用での遊学が認められたのだ。新吾は元服し、いずれは家督を継ぐという自覚を持つよう母親から促される。そして弘太郎は薫風館をやめて、妻を娶り父の役目を継ぐと言い出した。このまま三人はバラバラになってしまうのか。
 そんなとき、事件が起きる。弘太郎の近所に住むご隠居が、林で死体を見つけたというのだ。ところが家人が見に行っても死体はない。何かの勘違いだろうと周囲が思っていた矢先、そのご隠居までもが不審な死に方をする。そして弘太郎の婚約者、八千代の様子がおかしくなり……。

 前作が〈身分〉という社会のシステムと戦う少年の物語であったとするなら、今回新吾が戦うのは〈運命〉である。親友二人が着々と自分の将来を見据えてその方向に歩き出したのを見て、新吾は戸惑う。自分の将来が見えないからだ。
 彼が継ぐべき〈父の仕事〉がわからないのである。藩政の中心から遠ざけられ、家を出て妾宅に住んでいる父。けれど何か、余人にはわからないことに携わっているらしい父。これが前作で最後まで解決されなかった謎だ。
 消えた死体の事件をきっかけに、新吾は父と話す機会を持つのだが──いやあ、これには驚いた! 父親の秘密を知り、自らが継ぐことを期待されている役目を知ったとき、新吾は〈運命〉と戦うことを決意するのである。
 このシリーズは、少年が少年である日々に別れを告げ、大人になっていく通過儀礼の物語と言っていい。親とぶつかり、社会の仕組みとぶつかり、自分自身とぶつかる。友と出会い、別れ、それぞれの道を選ぶ。人はひとつところにはいられない。けれど変わらざるを得ないものの中で、変わらないもの、変えたくないものを、彼らは命と信念をかけて守ろうとするのだ。そんな少年達のまっすぐな心根がとてもまぶしい。
 作中、強く印象に残った新吾の思いがある。

人の世は綺麗ごとでは片付かない。 (中略)しかし、汚濁ばかりであるわけでもないのだ。

 力強く、励まされる言葉だ。汚濁にすっかり慣れてしまい、世の中とはそういうものだと諦めていたところに、すっと澄んだ真水を与えられたような気がした。〈運命〉に抗うために新吾がどんな決意をしたか、彼にその強さを与えたものは何なのか、どうかじっくり味わっていただきたい。信念を持って道を切り開く少年たちが、大事なものを思い出させてくれるはずだ。

 そうそう、本書は、消えた死体や目撃者の不審死、意外な手がかりなど、時代ミステリとしても実に秀逸な作品であることをお伝えしておこう。また、新吾の母・依子や弘太郎の妹・菊沙など、男たちを時には叱り、時には鼓舞する女性陣がとても魅力的だ。生活感があって、セリフに筋が通っていて、実に痛快。さらにクライマックスには謀略と剣戟シーンまで用意されているなど盛りだくさんである。
 もちろんその中心には、新吾たち少年の青く伸びやかな新芽のようなきらめきがある。ぜひ、前作と併せてお読みいただきたい。

左:烈風ただなか(角川書店)/右:薫風ただなか(角川文庫)装画:丹地 陽子

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あさの あつこ『烈風ただなか』| KADOKAWA

あさの あつこ『薫風ただなか』| KADOKAWA

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