物語は。
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ブレイク必至の要チェック作をご紹介する、熱烈応援レビュー!
詠坂 雄二『君待秋ラは透きとおる』
評者:吉田大助
本格ミステリーの必須条件といえば、「冒頭に掲げられた大きな謎」。ところが、本格ミステリー界のトリックスターとして知られる詠坂よみさか雄二ゆうじは、定型から逃れる破格の作品を次々に発表してきた。別ジャンルの物語だと思って読み進めていたら、ある地点で突然謎が現れゴリゴリの本格ミステリーへと変貌する――その驚きは、詠坂作品を読む醍醐味の一つだ。最新長編『君待秋ラは透きとおる』が前半で憑依している別ジャンルの物語は、「異能バトルもの」。作中であからさまに目配せされている作品名を挙げるなら、冨樫とがし義博よしひろのマンガ『HUNTER×HUNTER』の路線だ。この路線は作者にとって正真正銘の新境地だが、これ自体がびっくりするぐらい面白い。
のっけからバトルだ。都内で一人暮らしをする十九歳の女子大学生・君待きみまち秋あきラが、自宅マンションの通路で襲撃される。襲撃者は、手から任意の長さと太さの鉄筋を取り出す、「鉄筋生成」という匿技(=異能)を持つ麻楠あさぐす均ひとし。対する君待秋ラは、「透明化」という匿技の持ち主だった。異能と異能がぶつかり合うバトルは、力比べではなく、知恵比べ。ミステリー作家の面目躍如たる推理&ロジックの妙味を存分に楽しませてもらったところで、意外な決着がもたらされる。麻楠均が所属する独立法人「日本特別技能振興会」に、君待秋ラが加入する。「座標交換」「猫化」「光速操作」……。君待秋ラは自分以外の匿技士と出会い、匿技士をサポートする振興会メンバーと語り合うことで、異能を持って生まれた己の存在意義を見つめようと試みる。と同時に、透明化という能力についての理解も深めていく。そもそも透明という概念自体は、誰しもが慣れ親しんでいるもの。フィクション経由で「透明人間」のイメージが刷り込まれていることもでかい。しかし、実際に頭部が透明になったら、視神経も消えることになるのではないか。目が見えなくなって行動に支障をきたすのではないか? こうした考察が、キャラクターたちの議論や新たなバトルを通して、幾重にも折り重なって紡がれていくのだ。振興会のマッドでキュートな参謀役は言う、「理路が整然とするのは面白いでしょ」。そう、「理路が整然とする」ことは、それ自体がエンターテインメントなのだ。
透明化にまつわる「理路」をたっぷりと満喫し、残りページ数がきっかり五分の二になったところで、物語に突如一つの死体が現れる。その死体をきっかけに、日本の戦後史をも背負った巨大な謎が浮上して、本格ミステリーの濃度が一気に上がっていく。その謎、その解決、そこに炸裂する破格の人間ドラマは、「異能バトルもの」として独自の世界観を構築した(そして、その世界観をしっかりと読者に理解してもらった)からこそ生み出せたものだ。別ジャンルから本格ミステリーへの変貌、という詠坂作品ならではのダイナミズムが、かつてない強度でここに実現している。
最高傑作と呼ばれる作品は、作家を読み継いできたファンを喜ばせるだけでなく、初心者をも楽しませる間口の広さを兼ね備えている。ハッタリかましまくりの「最後の一撃」も完璧。問答無用の最高傑作だ。
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詠坂雄二『遠海事件 佐藤誠はなぜ首を切断したのか?』(光文社文庫)
86件もの猟奇殺人を犯していた佐藤誠は、完璧な犯罪者だった。だが、たったひとつの殺人に関しては、詰めが甘かった。それはなぜか? 本文終了後、巻末に掲載された真の「最後の一撃」で、突如噴出するのは、愛。この物語が実録犯罪ものの体裁で綴られてきた意味も、納得できる。
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