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そんなあなたに、旬の鉄板小説をドドンとオススメ!
テレビのニュース番組で、外見では性別がわからない人に保険証の提示を求めたり、しつこく聞いた企画が「炎上」した。こうした企画が出てくる背景には、性別は二つしかないという思い込みがある。ベルギー在住の二十代の写真家、アンソフィー・ギュエは、友人や知人、街で見かけた人など、性別が曖昧な若者たちのポートレートを撮影し『INNER SELF』という写真集にまとめた。写真を見るとみなそれぞれに美しい。もちろん性別など書いていない。「美」に性別は関係ないのだ。
ヨーロッパではすでに身体的な性別にとらわれない生き方を模索している若者たちがかなりの数いるという。ギュエの作品はそのようなカルチャーから生まれている。ではこの国ではどうだろうか。桜木紫乃の『緋の河』は、昭和を舞台に、身体とは別の性を生きようとしたパイオニアの姿を生き生きと描いている。
昭和二四年の正月を迎えようとする釧路。春には小学校に上がる秀男がこの物語の主人公である。母と二歳年上の姉が大好き。父と兄と赤ん坊の弟は嫌い。父は横暴で兄は父のミニチュア、弟は母の愛情を秀男から奪ったからである。秀男は回らない口で「アチシ(わたし)」という一人称を使い、毎日白粉を塗って暮らす「お女郎さんになりたい」と言い出す。父からは「ふざけるな、この馬鹿者」と殴られるのだが。
小学校に上がると「なよなよのおとこおんな」だから「なりかけ」とあだ名されいじめられる。男は男らしく、女は女らしく。そこから外れたら異物として排除の対象になることに疑問を持つ人たちの声が大きくなったのは、つい最近のことだ。しかし、秀男はただ排除されて教室の隅で小さくなってはいなかった。自分の盾になる強い人間を見つけ、いじめっ子たちからの攻撃を巧妙に回避する。味方になった一人が、蒲鉾工場で子供ながらに働かされている親のいない文次である。秀男は文次に初めての恋をする。
秀男は中学で文学少女のノブヨと出会い、三島由紀夫の『禁色』を読んで男が男を好きになる世界があると知る。高校では教頭にタンカを切って、ゲイボーイになるべく家出をする。心の片隅に小学生の頃に恋した文次の面影を住まわせながら、自分の人生を自分の意志で切り開いていくのである。
映画『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットした理由の一つに、ゲイとして生きたフレディ・マーキュリーへの共感があった。『緋の河』もまた、自分に正直に生きようとする秀男の姿が何より魅力的だ。女になりたいという秀男に、花街の女、華代は「女になんぞなるもんじゃないよ」「どうせなるのなら、この世にないものにおなりよ」と説く。女か男かの二者択一ではなく、自分自身であること。秀男の生き方は自分が納得する「きれいなもの」を探す旅なのだ。
秀男の冒険を読み進めるうち、一人の芸能人の姿が思い浮かんだ。あとがきを読むとやはりあの有名タレントの半生がモデルだった。なるほど彼女を初めてテレビのブラウン管で見たとき、理屈抜きできれいだと感じた。その理由が『緋の河』を読んで腑に落ちた。あの美しさは「この世にないもの」だったのだと。
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桜木紫乃『ワン・モア』(角川文庫)
桜木作品の魅力の一つは登場人物たちの強さと、そこに差し色を入れたような弱さとの絶妙なバランスだ。この連作小説も、安楽死事件を起こした女性医師を始めとして、誰もが強くあろうとしながらもさを抱えている。そこから心に染みるドラマが生まれる。
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