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レビュー

今日は死ぬのにもってこいの日 『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』

書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介! 本選びにお役立てください。
(評者:三秋 縋 / 作家)

 人の死に価値がつく。何もフィクションに限った話ではなく、また遺産相続や生命保険の例を持ち出すまでもなく、それは日常的に観察される現象だ。あるミュージシャンが非業の死を遂げる。それまで半ば忘れ去られていた彼の存在が、死の魔法によって人々の意識に急浮上する。ファーストアルバムしかまともに聴いていないような連中が、まるでデビュー前から今この瞬間に至るまで一貫してファンだったかのような口ぶりで思い出を語り始める。彼を再評価する記事が次々とウェブに投稿され、CDショップに特設コーナーが組まれる。生きているうちは見向きもしなかった人々が、ようやく彼の音楽を認知する。銀河の彼方から地球人を監視している宇宙人にしてみれば、概ね誰もが彼の死に浮かれ騒いでいるように――歯に衣着せずに言えば、彼の死を喜んでいるように見えるかもしれない。そしてその見方は必ずしも間違いではない。
 人の死に価値がつく。その様を寓話的に描けば、たとえば死と引き換えに肉体が金塊と化す病の話になるかもしれない。あるいはもっと直接的に、人の余命に値段がつく世界の話になるかもしれない。そのような物語を売り物にして生活の糧にしている小説家という人種も、人の死を金に換えていると言っていいだろう(今日もまた一人ヒロインが死んでいく)。そしてそれを読んでいるあなたも共犯者だ。
 ある人間の価値が死を通じて上昇する瞬間を目の当たりにしたとき、神経症的で自意識過剰な僕は、つい考えてしまう。自分が彼の死を心の底から悼んでいることを、どうすれば周囲にわかってもらえるだろうか。こう言い換えることもできる――どうすれば、彼の死の価値を利用せずに済むだろうか。人前で死者について語ることは、一種のパフォーマンスとなり得る。死者との関係性を強調したり、他人の不幸に心を痛める自己を演出したり、趣味の良さや問題意識の高さを間接的にアピールしたりといった目的で死者にあやかろうとするハイエナは、生憎至るところにいる。あえて自分が彼らの同類でないことを証明しようと思ったら、死者について語ることで得られる一切合切を放棄するしかない――著名人の訃報に無反応を決め込む人間の一部は、多分、そんな風に考えているはずだ。無論一番いいのは、そんなことに気を回さず無邪気に悲しむことなのだけれど。
『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』の語り手・江都日向は、この種の葛藤を育てるにあたり、より効果的で洗練されたシチュエーションに置かれている。三億円。今はどうなっているか知らないが、一昔前の生涯賃金がそれくらいだったという。ヒロイン(と呼んでいいのかわからないが)の都村弥子を”相続”すれば、彼女の死後、それだけの大金が江都のもとに丸々転がり込んでくる。もちろん彼は遺産目的で彼女のそばにいるわけではない。ただ恋をしているだけだ。だが日々熱心に芸能ニュースを追っている世間の人々にとって、「金目当てじゃない恋」ほど信用ならないものもない。さて、そこに本当に愛があることを証明するにはどうすればいいのか。相続を放棄すればそれでいいのか。それはそれで被相続人の好意を無下にしてしまうことになるのではないか。彼女を愛していると頑なに主張するだけなら結婚詐欺師の方がよほど上手くやってのけるだろう。
 本作は”完璧な正解”を求める物語だ、と僕は読んでいる。そしてその試みは、ある意味で失敗に終わる。しかし弥子がいみじくも言ったように、人の一生は零和有限確定完全情報ゲームではない。チェッカーとは違うのだ。ひょっとすると、その一見不完全で格好のつかない結末こそが、彼らにとっての完璧な正解――手垢に塗れた表現を用いれば、「たったひとつの冴えたやりかた」だったのかもしれない。


ご購入&試し読みはこちら▶『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』


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