【カドブンレビュー】
30年前の雪の降る夜、当時小学生だった一希の幼い弟・卓巳が家から出て、二度と戻らなかった。唯一の手がかりとなったのは、雪の中を走る卓巳を追いかけた一希の目撃証言だけ。その手がかりをもとに卓巳の捜索が行われるものの、その足取りは30年経っても分からないままだった。
事件記者の木立は、卓巳が行方不明になったのを誘拐事件だと考えていた。当時、卓巳が最後に目撃された場所の近くのアパートに住んでいた、素行に悪い噂のあった早奈江とその娘の早百合の足取りを追っていた。木立は30年越しに早百合の居場所を掴み、真相の究明を一希に持ちかける。
2人の調査が進むにつれ、当時は表に出なかった、町内の複雑な人間関係と、真っ白な雪のヴェールで覆い隠されていた一希の記憶が次第に明らかになっていき、衝撃の結末にたどり着く。
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子どものころの記憶を思い出そうとするとき、何か怖い想いや嫌な体験から、思い出しにくくなることはないだろうか。特に近所でちょっと不気味な噂のある家などは、子ども心に興味はあったものの、ある年齢を境に話題にしなくなっていった。お互いの中で触れたくないという気持ちから、話題を避けるようになっていったのだろう。
この作品では、強烈なトラウマとなっている記憶に立ち向かい、歯止めをかけようとする心に鞭を打って、苦しみながらも前に進んでいく、被害者の兄・一希の姿が描かれている。一希にとって、雪の降る中、卓巳が行方不明になったシーンは、30年という歳月が過ぎることで曖昧になってしまったこともある。だが、当時、一希が卓巳の行方を示せなかった罪の意識もあって封印しておきたいものとなっており、誰も触れることのできない記憶になっていたのではないだろうか。
一希と一緒に重い記憶を開く過程はとても苦しく、物語の核心に近づくにつれ心臓が緊張感で締め付けられるようだった。終始重い雰囲気の中、一希とともに30年前の事件の真相にたどり着くとき、幼い一希が感じていた苦悩と、目をそらしていた真実にふれることになるのだ。
私も迫り来る結末から逃げたかったのか、読み進めるにつれページをめくる手が、真実に近づく足取りのように重くなっていく感覚に陥った。それはまるで雪の中、卓巳を見失わないよう必死で追いかけた一希の足取りのようだったのかもしれない。
書誌情報はこちら>>甲斐さやか『赤い雪』