1月31日(木)、重松清さんの新刊『木曜日の子ども』が発売となります。
刊行にあたり、1月31日(木)から、各界一流の読み手たちによる【刊行記念書評リレー】を配信いたします。
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この小説は、テレビドキュメンタリーへの警告である
テレビドキュメンタリーのプロデューサーという職業柄、番組のタイトルには、異常なほど頭を悩ませる。当然、映画や新刊本のタイトルにも、敏感になる。例えば、本屋で平積みに置かれた小説の数々のタイトルを一冊一冊、目で追ってゆく。気になるタイトルに目が留まった瞬間、僕は、読みたい欲求に駆り立てられ、どんな物語なのかを想像する。究極の想像メディアである「本」は、タイトルから、すでに物語は始まっているのだと思う。
KADOKAWAの担当者から、『木曜日の子ども』というタイトルを聞いた時、僕は、一瞬、戸惑った。これまでの重松氏とまるでイメージがつながらなかったからだ。それだけではない。ある種の底知れぬ恐怖も感じた。一体、どんな物語なのだろうか……。僕は、恐る恐る読み始める。
物語の主人公は、42歳の父親で、バツイチの妻とは初婚、その妻には、中2の一人息子がいる。一家は、7年前に14歳の少年が起こした無差別殺人事件の舞台である旭ヶ丘ニュータウンに引っ越してきた。奇しくも、妻の連れ子も14歳の少年、重松氏の名著『疾走』の主人公で過酷な運命を背負ったシュウジも同年代だ。僕の中に、何となく嫌な予感が増幅してゆく。このまま何も起こらないでほしいという期待、だが、その期待は、読みすすめるにつれ、あっけなく裏切られてしまう。まさに主人公が追い込まれてゆくのと同じ心理状態で、読者である僕をどんどん追いつめてくるのだ。父親になろうとしていた主人公は、必死だった。距離感に悩みながらも、息子を信じ、親子の関係作りを模索していた。
良い父親とは、どうあるべきか。僕は、いつのまにか、父親の気持ちに加担するようになる。だが、息子、晴彦が事件の犯人、上田祐太郎と顔が似ているという事実を突きつけられてから、父親の何かが、揺らぎ始める。そして、隣人宅で起きたある事件をきっかけに、父親は、晴彦の本性を知ることになる。僕の嫌な予感、つまり、父親が考える理想の家族が壊れるという予感が現実のものになろうとしているのだ。それでも、僕は、この親子に、わずかな希望を持とうとするが、それとは裏腹に、避けようのない乖離を生み、僕は物語に想像すらつかない方向に連れていかれる……。
『木曜日の子ども』は、ドキュメンタリー番組を日々、放送し続ける僕にとって、幾つもの警告を与えてくれる。親は、子どもをどう守ればよいのか? 理想の親子、そして家族のありかたは?
少年犯罪が起きた時、僕たち作り手は、そこに、ある種の答えを見つけようとする。「その少年はなぜ犯罪を起こしたのか?」「その少年はどんな家庭環境で育ったのか?」と。『木曜日の子ども』は、こんな問いかけが、今の時代、もはや何の意味もないことを思い知らせる。「なぜ?」に「答え」なんてないのだ。常に、ドキュメンタリー番組を通して、「なぜ?」の「答え」を提示しようとしてきた僕は、痛烈なパンチを食らったような気分にさせられた。それは、自分が、凝り固まった家族観でしか物事を捉えていなかったからだ。
無差別殺人の犯人、上田祐太郎は言う。「世界の終わりを見たくはないか」と。その言葉の意味を、読み終わった後も、一人考えてしまう自分がいた。何となく、ネット上などで聞いたことがあるこの言葉、これまで、あまりに遠かったこの言葉が、今、とても身近に感じる自分がいた。
『木曜日の子ども』は、一人一人の読者に対し、人間のせつなさ、やるせなさを突き刺してくれる珠玉の一冊であることに間違いない。
☆試し読みはこちら
>>重松清『木曜日の子ども』
【『木曜日の子ども』刊行記念書評リレー】
① 近未来の「黙示録」――奥野 修司(ジャーナリスト・ノンフィクション作家)
https://kadobun.jp/reviews/604/1ba6b39f
② 重量級の新たな傑作が生みだされた――池上 冬樹(文芸評論家)
https://kadobun.jp/reviews/601/0190ff05
③ あえて「わからない」心に向き合う姿勢と覚悟――石戸 諭(記者・ノンフィクションライター)
https://kadobun.jp/reviews/605/53d6ba47
⑤7年前中学校で起きた、無差別毒殺事件。そして再び「事件」は起きた――「世界の終わり」を望む子どもたちに、大人は何ができるか――朝宮運河(ライター)
https://kadobun.jp/reviews/618/27da5648