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レビュー

読後、胸に募る苦い後味 『人間狩り』

 本書は第三十八回横溝正史ミステリ大賞優秀賞受賞作である。作者の犬塚理人いぬづかりひとさんは、前年の第三十七回にも応募されていて(一次通過)、二度目のチャレンジで、見事受賞を果たしたことになる。
 物語は、二十年前、「少年A」によって惨殺された少女への犯行映像がネット上の闇オークションで売りに出されたことから始まる。水際で一般への流出は食い止めたものの、それで終わったわけではない。オリジナルのDVテープは警視庁で保管されていたわけで、警察内部から流出した可能性が高いからだ。警視総監から直々に内務調査を命じられた警務部の監察係係長の白石は、当時の捜査本部にいた関係者をしらみつぶしにあたり始める。
 三年前、新卒でカード会社に就職した三田江梨子は、キャッシングの回収部門に所属している。ある日、カードを強制解約となった宇津木という男から、カードが使えなくなったせいで給食代が払えなくなり、そのせいで娘が自殺したとクレームが入る。気がとがめた江梨子が、宇津木の自宅を訪ねたことから、宇津木が不正に向精神薬を入手、それを転売していることを知る。そして、そうやって儲けたお金で、宇津木が児童買春をしている現場を押さえた江梨子は、宇津木の行動をネットに「さらす」。その後、宇津木は逮捕され、江梨子は「ネット自警団」と呼ばれる人たちが集うコミュニティサイトで一目置かれている「龍馬」という投稿主を知る。彼こそが、宇津木の素性の特定、逮捕に貢献した人物だった。
 龍馬は「私刑執行人・龍馬」というホームページを運営しており、悪事を働いた人々を特定し、彼らの個人情報を掲載するばかりか、当事者に突撃取材をした動画をも公開。龍馬のリサーチ力と行動力は、ネット住民から「神」ともてはやされていた。
 やがて、江梨子は「自警団サイト」のオフ会に出席し、サイトの管理人・弥生と意気投合する。かつて、盗難車を運転する十六歳の少年に愛娘をき殺された、という過去を持つ弥生は、「自警団サイト」を通じて世の中の不条理——不正行為をして得をしている人間や、悪いことをしても法律で裁かれない人間がいること——をただしたい、と江梨子に胸の内を明かし、江梨子はそんな弥生に感銘を受ける。やがて二人は、闇オークションに出品された元少年AのDVDのことを知り、元少年Aに対する嫌悪を募らせる。
 そんな矢先、龍馬が元少年Aのインタビュー記事を掲載した出版社への取材をライブで配信。弥生の指示で、出版社に駆けつけた江梨子は、そこで龍馬の「出待ち」をし、強引に龍馬を弥生の家に連れて行って、二人を引き合わせる。ここから、龍馬、弥生と江梨子の三人は独自に元少年Aの特定に動き出し、思わぬところから白石の捜査とリンクするのだが……。
 物語は、あの「神戸連続児童殺傷事件」の犯人である少年Aがベースになっていることは明白だが、物語のテーマは罪と罰だけではない。私たちがごく普通に持っている「正義感」が、ともすれば諸刃の剣になってしまう恐ろしさにフォーカスしたところが、本書の読みどころでもある。
 江梨子が、顧客であった宇津木の言動に感じた怒りは、彼女の「正義感」に由来するものではあるが、では、彼女のしたこと——ネットでのさらしあげ——は正しいことなのか。露呈していない「悪事」を働いている人々に「私刑」を下す龍馬のその行為は、「正義感」の純粋な発露なのか。そして、弥生は。
 悪を憎む心、それ自体は誰にでもあるものだし、必要なものだ。けれど、それが過度になってしまうとどうなるのか。実は、それは他者への不寛容さと紙一重のものなのではないのか。最終章、全ての謎が解けた時に残る、重く苦い想い。その後味こそが、作者が私たちに投げかけたもの、なのである。


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