午後のワイドショーが始まる頃、テレビをつけるのが習慣になっている。今日も今日とてスイッチを入れたら、どの局も同じ事件を扱っていた。
〝紀州のドン・ファン〟怪死事件だ。
和歌山県在住の資産家が自宅で急性覚醒剤中毒により亡くなったというのだが、外から誰かが侵入した形跡はなく、自宅には五五歳年下の新妻と家政婦しかいなかった……。
富豪の変死に覚醒剤や若い妻が絡むとなるとマスコミ受けするのもむべなるかな。人の不幸をネタにするのは不謹慎だが、そこからふと思い浮かんだのが〝犯罪の陰に女あり〟という格言だった。もともとは「Cherchez la femme(女を捜せ)」というフランスの慣用句で、どんな犯罪も裏で女が関係しているといった意味合いだが、こんな言葉が浮かんだのも、そのとき読んでいた小説のせいかも。
すなわち本書である。
まずタイトルがいい。『本性』とは持って生まれた性質のことだが、多くの場合、取りつくろった表の顔を持つ人に対して本性は違うだろうというマイナスの使われかたをする。してみると、本書も表の顔とは違ったブラックな本性を持つ者が出てくる話なのではないかという推論が成り立つわけだ。
全八章から成る物語は連作スタイルになっているが、頭の「お見合いパーティー——梅田尚之」は今年四〇歳を迎える私立中学の独身教師が主人公。彼、梅田尚之は東京の文京区千駄木にある屋敷で母親の品子と二人暮らし。資産家の坊ちゃまではあるが、見た目冴えない甲斐性なしゆえ女運にも恵まれてこなかった。だが一念発起して婚活パーティに参加、意気投合したのがサトウミサキという三三歳の肉感的な女。金をかけてデートを重ね、ホテルに誘うことにも成功、順調な交際が始まったかのように思われたが、サトウミサキは何故かプライベートは明かさず、謎めいた部分が多いままだった。
やがてサトウミサキは尚之に品子との面会を要求、品子の営む生け花教室の生徒にもなるのだが、美人局のようでいてそうじゃないような絶妙な間合いで梅田母子を翻弄する魔性ぶりが素晴らしい。サトウミサキがいよいよ奥の手を出してくるところでしかし、著者はそれが何かぼかしたまま次章へと転じる。その第二章「無垢材のローテーブル——小田切琢磨」では第一章に出てきた意外な人物が主役を務め、サトウミサキも前章とは異なる顔でその主役に絡むことになる。
かくて前半の四章でサトウミサキは様々な老若男女と深い関わりを持ち、その関係の根底に何があるのかがうっすらわかりかけてきたところで後半に突入。後の四章は警察捜査小説に一転する。本書のキモはこのトリッキーな構成にあろう。各章でも、たとえばサトウミサキが老人を介護する第三章「サボテンの花——青木繁子」ではトンデモない仕掛けが凝らされていたりするのだが、後半の四章は前半顔出ししたふたりの刑事の視点から、サトウミサキを中心にした事件の全貌が明かされていくのである。
そしてこの後半は、不愛想だが凄腕のベテラン刑事安井と、ぼやっとした顔つきの優等生のようでいて本当は抜け目のない若手の宮下との刑事同士の駆け引きも読みどころとなる。
著者は横溝正史ミステリ大賞を受賞したデビュー作『いつか、虹の向こうへ』では「正当なハードボイルド」と賞賛され、以後も弱者の再生譚を軸にした〝正当派〟に相応しいミステリーを構築してきたが、デビュー一〇周年を前に発表した『代償』でノワールな犯罪小説にも挑んでみせた。
本書も『代償』以後の新たな作風開拓に基づいた野心的な犯罪サスペンスというべきか。サトウミサキの神出鬼没な悪女ぶりから、コーネル・ウールリッチ(=ウィリアム・アイリッシュ)のブラック・シリーズを思い浮かべる向きもあろうが、こちらは抒情的甘さは控えめな辛口作品と心得よ。
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