【カドブンレビュー】
もしあなたが逃げ出したくても逃げ出せない、そんな日常に心が折れそうになっているなら、旅に出てみてはどうだろうか。
『さいはての彼女』は、読者を前向きな気持ちにさせてくれる応援歌のような短編集だ。
表題作である「さいはての彼女」は、若くして起業し成功を収めながら、身勝手なやり方ゆえに信頼を寄せていたスタッフからも見限られてしまった女社長、鈴木涼香が主人公だ。
彼女は、失意の中思いがけず訪れることになったさいはての地北海道・女満別で、耳が不自由というハンディを背負いながら重量級のオートバイ・ハーレーダビッドソンを自在に操る女の子ナギに出会う。明るく奔放な彼女と「サイハテ」と名付けられた愛車に二人乗りで北の大地を駆け巡る涼香。ナギの周りに集うライダー仲間たちと交流したり、大自然の中でドラム缶のお風呂に入ったり、絡んできたガラの悪いライダー達をサイハテ号で振り切ったりと、これまでの自分では考えられないような冒険をしながら、涼香はナギの人懐っこさの裏に隠された悲しい過去と、そこで培われた強さを知ることになる。
続く2編、「旅をあきらめた友と、その母への手紙」、「冬空のクレーン」も、肩肘を張って世の中に挑むように生きてきた女性たちが、旅先での自然や人との触れ合いの中で、心をほぐされ生きる力を取り戻していく様子が、会話中心の親しみやすい文章で描かれる。
そして最後の作品「風を止めないで」では、1話目の「さいはての彼女」に登場したナギの母親の物語がつづられ、これまでの喪失と再生の物語たちを優しく締めくくっている。
どの話も一見すると、一度は成功した女性たちが挫折から逃げ出して新たな人生を歩みだす物語にみえる。
だが主人公たちは逃げ出した先で出会う様々な存在に癒やされ、励まされ、そしてちょっとだけ新しい自分になって元いた場所に帰っていくのだ。
現実には誰もが今いる場所から簡単に逃げることなどできない。それぞれが抱えた荷物はそう簡単に手放せるものではないはずだ。だからこそ、旅先で新たな力を得て、逃げ出してきたはずの場所にもう一度自分の居場所を見つけ出していく主人公たちに共感を覚える。応援したくなるのだ。
読後、この物語の主人公たちのように知らない場所に旅してみたくなる。
もちろん旅に出たからといって、素晴らしい出会いが待っていたり、突然なにかに目覚めたり、ましてや全く別の自分に生まれ変われたり、なんてことは現実にはほとんどないだろう。でも自らを非日常の環境におくことで、新しい発見があるのかもしれない。少しだけ変われるのかもしれない。そう思わせてくれる。
ままならない日常から逃げ出すのではなく、超えていくために。その力をもらうために。
そう、自分だけの「サイハテ」号に乗って。