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レビュー

松岡正剛氏は天才的な解釈者である 『千夜千冊エディション 本から本へ・デザイン知』

 松岡正剛氏(編集工学研究所所長、イシス編集学校校長)は、日本の知性を代表する人物である。二〇世紀の半ばを少し回った一九六〇年代から二一世紀の現在に至るまで、出版界、学界、政界、経済界など、知が関係するありとあらゆる場所に松岡氏の影響は及んでいる。しかし、思想地図上に松岡氏をマッピングすることには未だ誰も成功していない。
 中世神学に「博識に対立する総合知」という格言がある。マッピングは博識な人々を対象に成立する概念で、松岡氏のような総合知を体現した人物には馴染まない概念なのである。事実、松岡氏には、日本と外国、東洋と西洋、文科系と理科系というような壁がない。知が関わる場所で、かつ面白い事柄ならば、どこにでも入り込んでいくことができる。それは、松岡氏が天才的な解釈者だからである。
 松岡氏自身は、自分の姿を積極的には見せない。「千夜千冊」シリーズで端的に表れているように、他者のテキストを解釈することによって、結果として自らの思想を提示するのだ。その秘密について、松岡氏はこう自白している。

 どんな解釈も時代や表現者によって変化する。それが文芸にも美術にも建築にも衣裳にもあらわれる。そういった異なるジャンルの綾取りの赤い糸でつないでいるのがアレゴリーの見立ての力だ。だからアレゴリーはもっと活躍した方がいい。アレゴリーが身辺にない文化は貧弱なのだ。アレゴリーを軽視する社会はイメージが渋滞する。  アレゴリー(allegory)とは寓意のことである。何を寓意するかといえば、現象に立ち会って人間たちの観念を疼かせているものを、何かのアイコンやアイテムによって表現する。古代中世のヨーロッパでは「公正」「純潔」「機会」などが頻りにとりあげられて、薔薇や水仙などの植物、狐や狼などの動物、貝や魚や気象や建造物などがあてがわれた。ときに擬人的にもなった。  比喩的なのである。

(『デザイン知』63〜64頁)

 松岡氏の思考の特徴は、類い稀な論理力とアナロジー、メタファー、アレゴリーを巧みに使いこなす能力だ。あえてアレゴリーを用いるならば、松岡氏は「水銀」だ。水銀は、金属であり、液体でもある。また、容易に分離することができるが、再結合も簡単だ。どのような姿にも変身することができる。
 角川ソフィア文庫から、文庫版の「千夜千冊」が順次刊行されることになり、多くの人々が、松岡氏の解釈に直接触れられるようになったことは、二〇一八年の知的世界における最大の事件であると私は考えている。
 松岡氏は、未来を先取りしている人でもある。AI(人工知能)についても造詣の深い松岡氏は、本の将来についてこう述べる。

書物がもつ象徴作用や機能作用ももっと知られるべきだ。インターネットやブロードバンドが拡張すればするほど、時代はコンテンツを要求することになる。そのコンテンツは放っておけばタレ流しのゴミである。編集されていなければ何も使えない。コンテンツの編集技術はまさに書物をどうつくるかという技術と不可分だ。その書物編集技術のなかに、世界をどのようなポータルやディレクトリーにするかという技術もすべて内蔵されている。

(『本から本へ』143〜144頁)

 編集は、人類の知的営為そのものである。現下日本の政治や教育が劣化しているが、その根本原因は、国家と社会における編集能力が低下しているからであると私は考えている。国際社会が帝国主義的傾向を強めている状況で、われわれもしたたかに生き残っていかなくてはならない。文庫版『千夜千冊』を通して松岡氏から編集の力を学び、われわれ一人一人が強くなり、社会の知に対する信頼を回復することが日本と日本人が生き残るために不可欠と思う。

 


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