【カドブンレビュー】
あなたは手塚治虫を知っていますか。
すでに伝説となっている巨匠の名前を知らない日本人は、ほとんどいないと思います。しかし、その著名さに比べると、作品を読んだことのある人は少ないのではないでしょうか。
ある意味、近付き難い作品になってしまっているのかもしれません。正直言って、私も絵のタッチから受ける雰囲気で何となく「すごくタメになるのだろうけど、昔の漫画だしな……」と遠巻きにしていたところがあります。
もし、私と同じように何となく敬遠していて、手塚治虫を読んだことの無い人がいたら、この『火の鳥1』が本当にオススメです。絵、文字がデジタル処理をされていて、とても読みやすくなっています。そして、難しい話なのではと身構えなくても大丈夫です。この世界の全てを描いた「芸術」でありながら、老若男女問わず楽しめるこのエンタメ作品にグイグイ引き込まれるはずです。
『火の鳥1』はシリーズ最初の作品ですが、そのエピソード自体は完結しています。「黎明編」と呼ばれる本作は邪馬台国が栄えていた時代が舞台です。生き血を飲むと永遠の生命を得られるとされる「火の鳥」を捕らえようとする卑弥呼をはじめとした、人間の欲深さが描かれています。
自分が長生きしたい、死にたくないという欲望や、大切な人に死んでほしくない、何とか助けたいという想いを持った人々が「火の鳥」にその希望を託します。しかし、人知を超えた存在であり、不死の体を持つ「火の鳥」は決して人間の思う通りにはなりません。その結果、あらゆる人に死が平等に訪れることになります。
私は一体どこから来て、そして、どこにいってしまうのか。死ぬとどうなるのか。考えたことの無い人はいないでしょう。火の鳥シリーズはその人生にとっての最大の謎が根源的なテーマになっています。作中で描かれるのは、生きていること、死んでしまうことに対して悩み苦しむ私達の姿です。だからこそ、この物語は多くの人を夢中にさせ、心を掴んで離さないのだと思います。
そして、何より感動的なのは、試練に満ちた物語の中に、確かな希望が宿っていることです。それは、主人公が大きな幸福を手にするといった種類のものではありません。むしろ、絶望や空しさの中に射す一筋の光のようなものです。本作では邪馬台国の侵略を受けた村の生き残りである少年「ナギ」と卑弥呼に仕える防人の「猿田彦」の親子にも似た師弟関係の愛が描かれます。火の鳥をめぐる争いの最中、ナギは猿田彦に対して、猿田彦が好きだから逃げてほしいと口にします。猿田彦は涙しながら自分を好きだともう一度言ってくれと懇願します。
火の鳥の生き血を飲んで、永遠の生命を得られたとして、本当に幸せになれるのか。人生における喜びとはどこにあるのか。苦悩する人間たちを見つめる火の鳥の悠然としたその姿が、目に焼き付いて離れません。