【カドブンレビュー】
『パンク侍、斬られて候』は主演:綾野剛、脚本:宮藤官九郎、監督:石井岳龍で映画化される。6月30日公開だそうだ。
このメンバーを見ただけでも個性的な映画であることが想像できると思う。
しかし逆に言うと、これぐらいの布陣でないと、天才作家・町田康の世界観には立ち向かっていけないのだ。彼の小説は数ページ読むと、他の小説とは全然違うことが分かる。お笑い芸人・千鳥(ノブ)が言うところのまさに“くせがスゴい”!!
物語の舞台は江戸時代。狂気の宗教団体「腹ふり党」が人心を惑わせ、そのせいで立ち行かなくなった藩がいくつも出ていた。牢人の掛十之進は、黒和藩にこの邪教が入り込もうとしているのをいち早く察知。新興宗教対策の専門家になりすまし、藩から多額の報酬を得ようと目論む。しかし、その正体を出頭家老の内藤帯刀に見抜かれ、彼の言いなりになるしかなくなった十之進は、藩内の派閥争いに否応なく巻き込まれていく。制御不能となった十之進の運命の行きつく先は?!
……と書いていくと本格時代劇のようにも思えるが、実際は破天荒ジャンルレス小説だ。
◆『パン斬ら』(と省略しちゃっていいですか?)の“くせがスゴい”その①
会話やひとりしゃべりのグルーブ感がハンパない!
セリフは時代劇っぽい口調と現代語調が混じり合い、作者の頭の中で止まらなくなってしまった登場人物の会話やひとりしゃべりを、そっくりそのまま文字に書き起こしているかのようだ。
例えば掛十之進にバカにされた直後、直情型の次席家老がひとりそれを思い返す時のセリフ。
「なんだなめやがって。むかつくんだよ。なんで俺があんなガキにばかとかいわれなきゃなんねぇんだよ。家老だぞバカヤロー。百年はえーっつーんだよ。ぶっ殺してやる。つって、そうだ。真鍋五千郎に命じて暗殺してくれよう、つってもまだ藩内にいるかなー。とにかく早くしよう、おい」
しゃべりがテンポよく進んで気持ちいい。激高するところあり、のどかなところあり、緩急のつけ方も絶妙!
◆『パン斬ら』の“くせがスゴい”その②
鋭すぎる観察、深すぎる洞察
作者の妄想がダダ漏れしているかのようなセリフのやりとりは非常に個性的だが、それでいて、実際に現代社会の中でもこういうシチュエーションありそう……と思わせてしまうところがスゴい。
十之進の嘘や考えていることを詰問によってあぶり出していく家老・内藤帯刀の手腕は、会話のやりとりを読み進めるうちに心に迫って来る。さながら部下の弱みを握って自分の派閥に加えようと企む会社の上司のよう。
十之進が久しぶりに会った幼馴染と気を遣いながら酒飲む様子も、立場が違ってしまった同期の飲み会のようだ。
作者の人間観察眼や深い洞察があってのことだろう。
◆『パン斬ら』の“くせがスゴい”その③
各キャラクターの個性にノックアウト!
主人公の掛十之進は、超人的な剣客で大抵の人の前では泰然としている。悪だくみの青写真を描くが詰めが甘く、非情になりきれない。
多面的で魅力的だ。
そして脇役たちは皆、突出した個性を持っている。
野心家で権謀術数に秀でた出頭家老の内藤帯刀。直情型で腕っ節の強い次席家老の大浦主膳、都合が悪くなるとうまい具合に気絶して責任逃れをする小役人。マッチョだが心が繊細で、プライドを傷つけられると人知れず「いやあああああああっ」と絶叫しながら疾走する密偵。滑稽な外見と内面の恐ろしさを併せ持つ宗教団体の元大幹部。皆、個性的でいながら、やはり現代の会社の中にいそうな人ばかりだ。
◆『パン斬ら』の“くせがスゴい”その④
加速し爆発するストーリー!
物語の前半は個性的なキャラクターたちのぶつかりあい。そして終盤は彼らが一堂に会し、ひとつの鍋でごった煮にされたような状態になる。読者が予想もしなかった展開と予定調和のないファンキーな世界が眼前に繰り広げられていく!
いったいぜんたい、これをどういう風に映像化したのかもすごく気になる。
『勇者ヨシヒコ』みたいなギャグテイストなのか、はたまた『闇金ウシジマくん』みたいなポップなバイオレンステイストなのか、それとも和風『スター・ウォーズ』か……。
ただ、映画の出来がどうだろうと、小説が先でも映画が先でも、この本は絶対に読んでおくべきだ。
文章だからこそ実現できる爆発力と冷徹な目線の融合がある。それをぜひ“読むこと”で実感してみて欲しい。
>>映画『パンク侍、斬られて候』公式サイト 6.30全国ロードショー
>>角川文庫創刊70周年 特設サイト