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特集

映画「楽園」公開記念特別対談 『犯罪小説集』原作者・吉田修一×俳優・綾野剛 【第1回】どんなことがあっても、人は生きていかなくてはいけない

撮影:小嶋 淑子  聞き手:大内 弓子  構成:アンチェイン  ヘアメイク:石邑 麻由 スタイリング:申谷 弘美 

犯罪ミステリー『犯罪小説集』は、実際に起きた事件をモチーフに、「罪とは何か、生きるとは何か」を問いかける5編の短編作品集です。このうちの2編をもとに映画化した「楽園」が、10 月 18 日(金)に公開決定! カドブンでは原作者の吉田修一さんと、映画の主演を務める俳優・綾野剛さんの対談をどこよりも早く掲載! 3回連載でお届けします。吉田作品の映画出演は3度目になる綾野さん。お互いの近況や、映画の感想など様々なテーマでたっぷり語っていただきました。

舞台はとある地方都市。そこには、異国から母とともに移り住んだ、青年・豪士たけし(綾野)がリサイクル品を売って暮らしていた。片言の日本語しか話せず、小さい頃から孤立していた豪士。ある日、Y字路で少女失踪事件が発生するが、捜査の甲斐なく未解決となってしまう。12年が経ち、再び同じ場所で悲劇が発生。住民たちは、豪士がふたつの事件の犯人ではないかと疑う……。

原作をお守りに


吉田:綾野くんが僕の原作の映画に出てくれるのは、「横道世之介」の雄介役、「怒り」の直人役に続いて、今回の「楽園」の豪士役で3作目なんですよね。信頼していますし、安心感もあって毎回楽しみにしています。ほかの出演作もほとんど観ていますよ。正直言って、自分の原作以外でいい役を演じている綾野くんを観ると、ちょっと悔しいです(笑)。


綾野:うれしいです。ありがとうございます。


吉田:自分で書いた作品なんだけど、“もしこの役を綾野くんがやったらどうなるんだろう”って想像するのは、とても楽しいです。とくに今回は主演で、豪士という、少女失踪事件の疑いをかけられてしまった青年。彼をどういうふうに演じてくれるのか期待していました。  豪士は、一応モデルとなる事件があって、そこから着想を得て出来上がったキャラクターです。でもまあ、やっぱり小説はフィクションですから。ノンフィクションのドキュメンタリーって、掘り下げれば堀り下げるほど“自分ではない他人の話”になっていくところがあるでしょう。小説は逆で、掘り下げれば掘り下げるほど自分に引き寄せられる。その強みを出せればいいなと思って、豪士を書いていました。



綾野:修一さんの原作で主演を務めさせていただき、とても光栄です。


吉田:とんでもない!


綾野:自分の代表作としてひとつ刻まれました。修一さんの作品に登場する人間は繊細。修一さんの生み出したキャラクターを3人生きてみて、どこか3人とも共通したものがあった感覚もあるんです。「怒り」での直人が何か事件を起こして、豪士のようになっていた可能性もあっただろうし。そういう感覚が強くて、やはり修一さんが生み出したと実感しますね。


吉田:僕自身は、3人がリンクしているとは全く思っていなかった。でもこうやって綾野くんという一人の役者の同じ肉体で演じてもらうと、どこかでつながっているかもしれないなっていう発見がありました。


綾野:完成した映画は、自分が思っていた以上に愛おしい作品になっていました。台本より先に原作本は手にしていて、現場にも持って行ってはいたんです。僕にとってはお守りみたいな感じで。豪士の人生を生きて、良くも悪くも呑み込まれて自分がコントロールできなくなってしまったときに、この本の修一さんの主観を読めば冷静になれるのではないかという安定剤として持っていました。


吉田:安定剤か、なるほどね(笑)。


綾野:撮影が進み、豪士として生きていくうちに“もう大丈夫だ”と思えたので、撮休の日に朝10時くらいからホテルで読み始めたら一気に最後まで読んでしまった。そうしたら、豪士の身体的特徴に“内股”と書いてあってびっくりしたんです。


吉田:原作を読まずに、自然と豪士の内股の役作りを?


綾野:ええ。脚本から人物を感じ取りつつ、修一さんならきっと、周囲から疎外されて自然と体がすくむというか、内股で内省が強い感覚の人物を描いたんじゃないかと想像して。初日から内股になっていました。だから、原作を読んだときすごく勇気が持てましたね。“あ、俺、間違っていなかったんだ”って。


吉田:瀬々(敬久)監督に相談は?


綾野:「内股にしていいですか」とはあえて聞いていないです。たぶん、監督も途中から気付いたんじゃないでしょうか。「あれ、あいつ内股じゃん!」って。


吉田:気付かないくらい自然だったということだよね(笑)。いや~、内股は驚いたな。不思議なもので、自分が書いた登場人物にしても、こうして演じてくれた綾野くんが目の前にいると、豪士と話してるんじゃないかって思っちゃうときがあるんですよ。それで、いろいろな“答え”が聞けるような気がして面白いなと。原作者として、自分の小説を映像化してもらったときの喜びって、こういうところかもしれない。



“疑われる人間のバトンタッチ”を視線で


綾野:それから、撮影で印象に残っているのが、(佐藤)浩市さん演じる善次郎とのシーン。ほんの数カットでしたけど、逃げた豪士が善次郎ぜんじろうに発見されるというシーンがあるのですが、あのとき僕は、瀬々さんと浩市さんにひとつお願いしていたんです。


吉田:どんなことを?


綾野:目が合った瞬間、お互いに「こいつが犯人か?」みたいなものを感じられるのって、実はお互いに“同じにおい”を感じ取ったからだと思ってると。だから、「目が合ったときに魂を交換したい」っていう話をしたんです。目と目で。僕が浩市さんの目を、浩市さんが僕の目を見たときに、一瞬時間が止まる感覚を。


吉田:なるほどね。


綾野:本当は寄り添いたい、相手に自分の体温を知ってもらいたいような感覚が実はあって。それでふわっとなった瞬間に「おい」って呼ばれて現実に引き戻されて。“目が合う瞬間”がすごく重要なシーンだと思ったんです。事件の犯人にされてしまった豪士から、村八分の対象となってしまった善次郎へ、“疑われる人間のバトンタッチ”になりますから。


吉田:そういう負の連鎖を起こす、村の土地の影響ってやっぱりあるよね。僕は小説を書くときに、なるべく一度は行ってみるんですね。そうすると、実際そこに居た人間にしかわからない“におい”を感じるんです。


綾野:すごくわかります。瀬々さんは本当に土地(ロケーション)にこだわって撮られているんです。今回の映画は、豪士という青年がいて、愛華という少女がいなくなった土地の12年間を描いているので、誰も忘れられない“念”みたいなものがロケーションに必要なんですよね。そこに浩市さんの善次郎の物語と、杉咲花さん演じるつむぎの物語も交わっていく。紡は愛華が誘拐される直前まで一緒にいた“事件の当事者”であり愛華の親友。だからこそ“なぜ愛華ではなく私が生き残っているのか”と罪悪感を感じているんです。



吉田:紡の物語は瀬々さんのオリジナルで、紡は映画のキーパーソンでもあるわけだけど、豪士の物語と自然に、絶妙に絡んでいて驚きました。彼女の存在っていうのは、豪士にとってどうだった?


綾野:豪士にとって紡は希望のような存在でした。それは恋愛感情とは違うもので。ただそこに居た、みたいな。昔から知っていましたが、あまり意識しないように距離を取っていたと思います。そういえば、紡から「自分のことを誰も知らない町へ行きたいですか」と聞かれたとき、豪士としてはこれ以上、彼女を知ろうとすることが“欲すること”に変わってくるからダメだと感じた瞬間があったんです。だからあの場面では答えを曖昧にしているんです。


吉田:愛華さえいればパズルのすべてのピースが埋まるはずなのに、そのピースが足りない。だから、登場人物全員の関係性がどこかいびつなんですよね。何かが圧倒的に足りない。それが、“人の温もり”にもつながってくるのかなと。僕、瀬々さんが書いた脚本のラストシーンを読んで「どんなことがあっても、人は生きていかなくてはいけない」っていう、一歩前に踏み出すための力みたいなものを表現したかったんじゃないかと感じたとき、このタイトルが腑に落ちたんですよね。Y字路で紡が看板を持って力強く歩く場面があったけど、瀬々さんはきっと、あの先を“楽園”として描きたかったんだろうなって思ったんです。


綾野:たしかに、瀬々さんの書く紡は、登場人物の中の誰よりも“楽園”を自ら掴みにいける強さを持っていて素敵でした。

第2回へ続く



衣装:
パンツ…HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE/¥28,000+税
スニーカー…UNDERCOVER/¥22,000+税)


吉田 修一

1997年『最後の息子』でデビュー。2002年『パレード』で第15回山本周五郎賞受賞、同年『パーク・ライフ』で第127回芥川賞を受賞。19年『国宝』で第69回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

綾野 剛

2003年俳優デビュー。14年、主演映画「そこのみにて光輝く」などにて第88回キネマ旬報ベスト・テンなど数々の主演男優賞を受賞。17年、主演映画「日本で一番悪い奴ら」で第40回日本アカデミー賞主演男優賞を受賞。今後の公開待機作に、映画「閉鎖病棟−それぞれの朝−」(11/1公開)が控える。

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