インタビュー 小説 野性時代 第192号 2019年11月号より
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逃亡の果てに“楽園”はあるか? 映画『楽園』に連なる、シリーズ最新作!! 吉田修一『逃亡小説集』刊行記念インタビュー
撮影:洞澤 佐智子 取材・文:タカザワ ケンジ
思えば、『悪人』がそうだった。
袋小路に追い詰められた男と女は、それでも運命から必死に逃れようと試みた。
『怒り』だってそうだ。
罪を犯した男は、顔を変え、名前を変え、逃亡を続けていた……。
数多の賞を受賞する著者がライフワークとして挑む小説集第二弾は、
吉田作品の〝裏テーマ〟ともいえる「逃亡」についての物語です。
理不尽からの「逃亡」
――『犯罪小説集』に続く、シリーズ第二弾が刊行されましたね。今回は「逃亡」をテーマに四つの物語が収録されています。
吉田:『犯罪小説集』刊行時から、これに連なるシリーズを書こうとは決めていました。ただ、第二作の具体的なイメージまではなかったのですが、編集者が「逃亡」でまとめるのはどうでしょう、と提案してくれたんです。その時、「逃亡」という語感に惹かれて、書けるんじゃないか、と思えた。そこからですね。
――吉田さんと「逃亡」といえば『悪人』『怒り』がありますよね。特に『怒り』は、整形して逃げている容疑者がいて、そのニュースが関わりのない人にまで波紋を広げていく。
吉田:いま言われて、そうか、と思いましたが、『怒り』も「逃亡」小説でしたね。でも、書いていたときに私が考えていたことは逆で、逃げている犯人よりも、そのニュースに影響を受けた、それぞれの場所にいる、ある意味で逃げられない人たちの話を書いているつもりでした。ただ、たしかに「逃亡」の話でもありますね。
――吉田さんはノンフィクション作家・清水潔さんとの対談で、「清水さんのように追う立場じゃなくて、追われる立場でいたい」と仰っていますね(「小説野性時代」二〇一六年十一月号)。逃亡する側に思い入れがあるんですね。
吉田:逃げたいと思う瞬間って、きっと誰にでもあるでしょう? 逆に、逃げたくない人っているんですかね。
――言われてみればそうですね。逃げるのは良くないとどこかで気持ちを抑え込んでいるのかもしれない。
収録順に一作ずつお話をうかがいます。まずは「逃げろ九州男児」。ささいな交通違反をきっかけに、クルマで逃亡を始める四十がらみの男が主人公です。
吉田:きっかけになったのは、ある男が車で市街地を逃げ回ったという事件です。その部分だけ聞くと、危ない犯罪者をイメージしてしまうかもしれませんが、その後部座席にお母さんが乗っていたんです。その事実一つで事件の見え方がぜんぜん違ってきますよね。そこから、自分なりに見えてきた風景を書きました。
『逃亡小説集』は、『犯罪小説集』と同じく、実際にあった事件がヒントになっています。ただ、『犯罪小説集』よりは実際の事件から離れて書いています。事件のエッセンス、気になったところだけを取り出して自分なりに膨らませています。
――主人公の秀明は、リストラされて途方に暮れてしまう不器用な男ですが、一方で、高校の同級生と同窓会で会って不倫関係になるような図太さもあって、市井にいるリアルな四十代という感じがします。その「普通の人」が、世の中のままならなさに追い詰められていく。
吉田:思えば、『逃亡小説集』はどれも世の中の理不尽さを書いているような気がしますね。最後に書いた「逃げろミスター・ポストマン」でも、逃亡する男は、日本郵便という大看板を背負わされているのに、待遇は孫請け会社のアルバイト。その理不尽さをどうすればいいのかと考えても答えが出ない、個人では解決する手段がない。そういう理不尽に搦めとられていく人たちを書いてみたかったんでしょうね。
報道の裏側を想像する
――「逃げろ純愛」は先生と元教え子が恋に落ちて沖縄旅行へ、という物語です。交換日記という形式で書いたのはなぜでしょう。
吉田:恋愛の風景で、一番浮ついている瞬間を書きたかったんです。どこだろうなあ、と考えているうちに、交換日記が思い浮かびました。長篇では無理ですけど、短篇ならできるな、と。
――甘酸っぱいですね。
吉田:読んでられない感じじゃないですか(笑)?
――ドキドキしました(笑)。しかも、最後にある仕掛けが用意されていて……。
吉田:短篇なので、書く前からラストは決まっていました。決まっていたというか、こういう感じにしようとは思っていたんです。
――ここまで盛り上げて、こう来るか、と唸りました。交換日記なので、最後の数行まで客観的な情報がない。二人は何歳くらいなのかなとか、どんな容姿なのかなとか、想像しながら読むのが楽しかったですね。それだけに最後は衝撃的でした。
吉田:自分も含めてですが、肩書きとか、年齢とか、固定観念で世の中を見ているんだな、とつくづく思いますね。
――ニュースの報じられ方や、その反響をSNSで見ていると、一つ一つ違う事情があるはずなのに、短い記事をもとにした印象だけが一人歩きしているなと感じます。
吉田:『悪人』にしろ、『怒り』にしろ、世間に報道されているものの裏側をちょっとだけ想像する。いつもそうやって書いているような気がします。