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特集

【映画「楽園」対談 『犯罪小説集』原作者・吉田修一×清水潔】「事件」に関わる者の“共通点”と“相違点”とは――。

撮影:ホンゴ ユウジ  構成:瀧井 朝世 

吉田修一さんの『犯罪小説集』(角川文庫)を原作とした、映画「楽園」がいよいよ本年10月18日(金)に全国公開になります! 公開を記念して、単行本発売時に「小説 野性時代」2016年11月号で掲載された、ノンフィクション作家・清水潔さんとの対談を特別公開します。

「事件」の深奥に迫る

われわれが普段、毎日の報道で目にする様々な「事件」。作家・吉田修一さんの『犯罪小説集』(角川文庫)は、そんな「事件」にインスピレーションを受けて紡がれました。一方、ジャーナリストの清水潔さんは「事件」を現場で調査、報道し、真実を明らかにし続けてきました。フィクションとノンフィクションの最前線を走ってきた二人が語り合ううちに「事件」に関わる者の共通点と相違点が見えてきました。


――吉田さんの『犯罪小説集』は色々な事件からインスピレーションを受けた作品集だそうですね。


吉田:編集者が作ってくれた事件のリストがあって、モデルにしたものもあれば、いくつかの事件からエッセンスを抜き出して組み上げたものもあったりします。


清水:確かに色々な事件が想起されますね。どれも現場に行って取材されたんですか。


吉田:全部は行っていないです。行かなきゃと思う場所と行かなくてもいいかなという場所があったんです。


清水:「青田Y字路」の、Y字路の杉の木や、錆びた看板の描写を読み、実際に行ったんだろうなと思いました。これは最後、杉の「視点」で書いているところがすごいですよね。


吉田:ちょっと格好つけて言うと、あの場所に行った時に、なんだか時間が見えた気がしたんです。ここで事件から何十年かの時間が流れたんだな、って。実は最初、全編杉の視点で書いて、後から書き直したんです。清水さんもノンフィクションを書かれる時に、何度も現地へ行かれるんでしょう?


清水:ものによりますが、まあ足利事件のようなものは100回くらい行きました。1日に朝夕2回行ったりしますから。


吉田:何回行っても「また行かなきゃ」と思うんですか。


清水:「あそこの公園の遊具の色は青だっけ、赤だっけ」と気になると「また行かなきゃ」となります。


吉田:僕、逆だったんです。現場に行った時、「一刻もはやくここから逃げなきゃ」って感じで。「怖い」というのとはまた別の感情だったんです。


清水:面白い感覚ですね。昔、若い新聞記者は「十取材して一書け」と教えられたんですよ。ちゃんと確認のとれた事実だけ書けということですね。週刊誌記者はもっと細かく書くから「百取材して十書け」となる。僕は週刊誌記者時代にすごく鍛えられましたね。


吉田:小説は「一の情報から十書け」と言われます(笑)。


清水:『犯罪小説集』で興味深かったのは、事件が起きるまでの過程が現在進行形で書かれていることです。僕たちは事件が起きてから取材を始めるので、時間を遡る形で書くことになるわけです。「青田Y字路」で言うと、後半に火事が起きる場面がある。僕らの場合はあそこから取材をしていって、かつて少女の行方不明事件があったことを知ることになる。でも吉田さんの場合、何もないところから始まって、あれよあれよという間に人が追い詰められて事件が起きる流れが書かれる。あの「あれよあれよ」感がすごいなと。


吉田:全然プロットを決めずに書くので、自分でもどうなるのかなと思いながら書いています。もちろん事件が起きることは決めていますけれど。


清水:え、じゃあ、「青田Y字路」で用水路で行方不明になった女の子を探す場面で、ある人物が狭いからと一緒にいる相手の腕をつかんだというくだり、あれが後々になって意味を持ってくるじゃないですか。ああいうのは……。


吉田:最初につかんだと書いた時は、何も考えていません。


清水:考えていなかったんですか!


吉田:ただ単純に動作として書いて、最後のほうを書く時にそのシーンを見返して「ああ、つかんでいたな」と思い、実はこういうことだった、と気づくんです。


清水:僕は吉田さんの『悪人』が好きなんですが、どこにでもいそうなあんちゃんが、峠まで女性を追いかけていって話をしていくうちに状況が悪化して殺してしまう。ああいうのがリアルだと思うんです。でもあれを新聞原稿にしても全然意味が分からない。「追いかけていってもみ合いになって、思わず首を絞めてしまった」という原稿になってしまう。でも吉田さんが書く経緯のほうが説得力がありますね。


吉田:僕は明確な動機が書けないんです。でもそれでいいと思っています。簡単に書けるものではないと思うので。


清水:警察や裁判所の物言いだと「あらかじめ計画し、殺害する意図をもって首を絞めた」となるけれど、本当は動機なんて分からないことが多いですからね。


吉田:でも清水さんも、その時の犯人の行動や心理についても考えながら取材するわけですよね。


清水:たとえば現場では、犯人はあそこから歩いてきて、どこへ行ったのか、考えられる限りの可能性を考えます。それで何かが見えてくる場合もあるし、見えてこないことでまた発見があったりします。


吉田:あ、今の話を聞いて分かりました。僕が「現場から逃げたい」と思ったのは、たぶん、僕が犯人側にいるからです。ここにいたら捕まると無意識に思っているんですよ(笑)。清水さんのように追う立場じゃなくて、追われる立場でいたいんですね。


清水:だから、追われる側の心理があんなに書けるんですね。


吉田:清水さんは事実しか書かないわけですよね。


清水:そうです。むしろ面倒くさい説明も端折りたいけれど、端折れない。でも、ここは淡々と書いてここは高める、といった読みやすさは考えます。それと、日常から書き始めるようにしていますね。『桶川ストーカー殺人事件』を書いた時も、家で起きてハムスターの世話をしようとしたら電話がかかってきて「女性が殺害されたから、すぐに現場に行ってもらえますか」「えー!」というところから始めています。


吉田:ああ、読者と同じ立場にいる状態のところから書き始めるほうが、読み手も入り込みやすいでしょうね。



――それぞれジャンルは違うとはいえ、お二人が犯罪について書かれる動機は何でしょうか。


吉田:何かがそこにある気がして。この前、ある事件の犯人の裁判の傍聴に行ったんです。そうしたら、被告人が入ってきたとたん、誰かを探していたのか、ひとりひとりをすごい目つきで見ていったんですよ。あの目力を見た時に、惹きつけられるものがあった。もちろん好意的な意味ではなく、でも何か抗えないものがあるんです。そういうものを書いてみたくなるんでしょうね。


清水:僕の場合は「本当はどうなんだ?」という興味ですね。今の事件でも古い事件でもそう思います。先日『「南京事件」を調査せよ』という本を書きましたが、それも「そんなに何万人も死んでいたら、何か記録があるんじゃないのか?」と思ったからです。


吉田:ああいう、「あった」「なかった」と言い分が真っ二つに分かれている事件を調べる時、どちら側かの立場に寄ることはないんですか。


清水:その二つの正反対の主張がなぜあるのかも興味の対象なので、どちらの意見も全部調べます。今回の本ではそれを1章から5章まで淡々と書いて、最終章に僕なりに考えたことを書いています。やっぱり、可能な限りの結論を出さないと、無責任な報道だと僕は思っているんです。


吉田:なんらかの決着はつけるわけですね。


清水:報道的な観点でいうと、公共性、公益性があるなら、馬鹿みたいに客観性のバランスにはこだわらない。『殺人犯はそこにいる』も、「連続事件の容疑者が今も捕まっていなくて、そこらにいますよ、気をつけてください」という事実を報道することが最終目的だったので、覚悟を決めてやりました。


吉田:僕は物語の決着は考えますが、清水さんの言うような落としどころは考えてなかったですね。そもそも僕は事件を書いている意識があまりないんです。事件そのものよりも、そこにいた人たちを書こうとしていたので。


清水:だから描写がすごいんですね。今回のバカラ賭博の話でも、最初に賭博場の裏で副支配人が蒸し鶏の弁当を食べている場面があり、途中で飯も食わずにバカラにのめり込んでいる男の描写もある。それが最後に効いてくる。ああいうのはすごく勉強になるなと思って読みました。『悪人』でも好きになった女性に人を殺したと告白するシーンで、目の前に呼子のイカ刺しがある。あの舞台設定がすごいなと。


吉田:そういうのは、実際の事件からのインスピレーションもあるんですよ。報道を見聞きして「この人たち、ここでそんな話をしたのか」と知って驚くことがある。意外な組み合わせがショックで、かつそれがリアルなんです。


清水:その組み合わせが上手いから、吉田さんの小説はノンフィクションよりもリアルに読めますね。僕らは普段、再発防止のために書いているけれど、「曼珠姫午睡」なんかは元同級生の事件を報道で知った主人公が、そこから自分の危うさに気づいていろんなことを始める。「報道を見てこういう行動にいく人もいるのか」と、たいへん新鮮でした。


吉田:書いている間、再発を防止するためだという意識はずっとあるんですか。


清水:僕たちがそういう公益性を忘れると、危険な方向に行きます。犯人や被害者のプライバシーに突っ込んで「ただ面白いから報道したい」はNGです。下手すると報道被害になる場合もある。それでも公益性が高い内容の場合は被害者のプライバシーに触れても報道することもあります。


吉田:今聞いていても、やっぱり「お願いですからこちらのプライバシーは守ってください」という気分になります(笑)。


清水:それも犯人側の感覚ということですか。


吉田:小説って、作家が書けばそれが真実になるから内容についてはバレるも何もない。バレることがあるとしたら、作家の何かがバレるという感覚です。普通に生きて書いているだけのなかで、そこから出てきたものはやはりすごくプライベートなもので、とすると、そのプライベートな何かが暴かれる恐怖というか……。でも、それが小説ということなんでしょうけど。



――今後、吉田さんはノンフィクションを、清水さんはフィクションを書いてみたいと思いますか。


吉田:僕、先に答えますね。まったくないです(笑)。


清水:僕はそもそも本を書くつもりもあまりないんです。最初はカメラマンでしたし、今はテレビのディレクターをやっていて、あまりに複雑でテレビじゃ無理だと思ったものを本にしただけなので。


吉田:でも小説を書くとしたら、どんなものを書きますか。


清水:実は7、8年前に書いた原稿があるんですが、本を書くために本を書いたみたいな気になって、やめました。


吉田:ノンフィクションよりも生身の自分に近い部分が出たんじゃないですか。


清水:「こうなったらいいな」という気持ちが詰まっていましたね。新聞の横浜支局の新人女性記者がベテランカメラマンと一緒にいろんな事件に遭遇して、報道被害の問題で悩んで、最後に人の命がかかわる出来事がある、という話。


吉田:それ、面白そうじゃないですか。


清水:そう思いました? テレビ屋の言うことはうまいですからね、簡単に信じちゃいけませんよ(笑)。

ご購入&試し読みはこちら▶吉田修一『犯罪小説集』| KADOKAWA
「小説 野性時代 2019年4月号」では、
清水潔さんの読切作品「日本はなぜ焦土と化したのか」を掲載しております。

こちらも合わせてお楽しみください
 ▷映画「楽園」公開記念特別対談 『犯罪小説集』原作者・吉田修一×俳優・綾野剛 【第1回】どんなことがあっても、人は生きていかなくてはいけない
 ▷【『犯罪小説集』文庫解説】「よって映画のタイトルは『楽園』とさせていただいた」(解説者:瀬々敬久 / 映画「楽園」監督)

映画情報



「楽園」
10 月 18 日(金)公開
監督・脚本/瀬々敬久
原作/吉田修一
出演/綾野剛、杉咲花、佐藤浩市ほか
https://rakuen-movie.jp/
©2019「楽園」製作委員会


吉田 修一

1968年長崎県生まれ。2002年『パーク・ライフ』で芥川賞を受賞。『国宝』『続 横道世之助』など著書多数。

清水 潔

1958年東京都生まれ。2014年『殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』で新潮ドキュメント賞、日本推理作家協会賞を受賞。著書に『「南京事件」を調査せよ』など。

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