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特集

映画「楽園」公開記念特別対談 『犯罪小説集』原作者・吉田修一×俳優・綾野剛 【第2回】犯罪の舞台となる土地に宿る“におい”

撮影:小嶋 淑子 / 聞き手:大内 弓子  構成:アンチェイン 

吉田修一さんによる5編の犯罪ミステリー『犯罪小説集』(角川文庫)。このうちの2編をもとにひとつのストーリーとして実写化した映画「楽園」の公開が10月18日(金)に決定! これを記念した特別対談の連載第2回をお送りします。原作者の吉田さんと映画の主演を務める俳優・綾野剛さんが、物語を生み出す側と演じる側それぞれの想いを交わし合い、そして、あらためて今回の原作がどういうふうに生まれたのかを探ります。
 ▷【第1回】どんなことがあっても、人は生きていかなくてはいけない

◆土地に宿る“におい”と“湿気”を書くこと

綾野: 原作を読ませていただいて思っていたんです。修一さんの書く文章の中には、舞台となる地域の土地に宿る“におい”と“湿気”をものすごく感じます。

吉田: 『犯罪小説集』もそうでしたが、僕はいつも、事件が起きる村や町といった「土地」も登場人物の一人として書かなきゃと思っていて。だって、人を書くときは汗の描写まで書くじゃないですか。だから土地の持つ“におい”や“湿気”もできるだけ書いていきたいと思っています。

綾野: 丁寧に描写されているので、読む人が読んだ分だけ豊かでリアルなY字路が浮き上がってくるんですよね。想像力ってある意味暴力的なものだから、それに打ち勝てるほどのパワーを持ったロケーションを探さないといけない。だから、監督もロケ地探しにはとくに力を入れたと思いますし、そういう説得力のあるロケーションを見つけてきてくれるからこそ、僕たちは存在できるんです。

吉田: あのY字路は探すのに相当時間をかけたでしょうね。本当に運命の分かれ道みたいなY字路でした。豪士の物語と善次郎の物語が、こうやって「楽園」っていう映画でつながったとき、あの景色であることの意味が強いなと感じました。ところで綾野くんは車の運転をするんですか?

綾野: 普段はしませんが、運転自体は好きなんです。とくに役で車を運転するのが楽しいんです。

吉田: それは、自分の役柄とともに土地の感覚を身体の中に入れていく作業なの?

綾野: ええ。役で運転してると景色を楽しんだり、いろいろ体感できるんです。

吉田: へぇー。

綾野: あとは、アクセルの感じとかも……。変な人だって思わないでほしいんですけど(笑)、「この車、いいやつだな」とか「お前、今日調子いいな」とか、役で乗ってる車にも愛情が芽生えてくるんです。今回の撮影では、Y字路脇の小道がとくに好きで、大事にしていました。豪士はこの道を通るのがきっと好きだったんだろうなとか、この道を通るときは気持ちが解放されていたんじゃないか、とか。「楽園」の撮影中は、四六時中、豪士を生きるっていう思いが強かったってことだと思います。

吉田: 役のときは好きな道までできるけど、自分自身で運転するときはそこまでの感情は湧いてこないってことだよね。本当に面白いね。

綾野: なぜか、そうなんですよね(笑)。  ところで、今回、どういう思いから『犯罪小説集』という短編集が生まれたのか、修一さんにあらためてお伺いしたくて。

吉田: 普段、見聞きしているニュースの中で、“これはこういうことです”というふうに単純にわりきれないものってたくさんありますよね。そこに、みんなが何かを感じているはずなんです。それを一回受け止めてみて、自分が何をどう感じているのかを知りたいなっていう好奇心からですかね。それで、いま起こっている事件をもう一回あらためて検証してみて、生まれてくるものがないだろうかっていうところから始めた作品でした。

綾野: 書かれてみて、手応えは?

吉田: 自分なりにですが、ありました。ただ、やっぱりうまく言葉にできなかった部分もあったんですよ。でね、今日は、綾野くんに会えてよかった。綾野くんが映画を観て、いいこと言ってたよね。

綾野: 「世の中には抱きしめてあげなきゃいけない人がたくさんいる」、ですか?

吉田: そうそう。僕はその綾野くんの言葉を聞いてなるほどと思った。いままで、それを明確に言葉にできなかったから、『犯罪小説集』を書き始めたのかなって思うくらい。世の中には抱きしめてあげなきゃいけない人がいるっていうメッセージを、小説では最後までは描ききれなかったんですよ、短編集だったこともあって。でも映画になって、綾野くんみたいな役者さんたちが生身の体で体温を持って演じてくれて、人間にはそういうのが必要なんだっていうメッセージを伝えられるということは、原作者としてとても感謝しています。

◆全編に通じる“静かな怒り”

綾野: 修一さんは瀬々監督の演出はいかがでしたか?

吉田: 僕はもともと映画が好きで、瀬々さんの作品も大好きなので、自分の原作が映像化されるという感覚よりは、そこに瀬々敬久ワールドというか、瀬々さんがぐーっと入ってきてくれる感覚のほうが強くて、それが楽しかったですね。圧倒されました。

綾野: 瀬々監督の作品は、どういうところがお好きですか?

吉田: 最初に観たのが「ヘヴンズ ストーリー」で、尺が4時間半くらいあって、“なんだこの監督は”って思った(笑)。きつねのお面を着けてみんなで踊る祭りのシーンがあるんですけど、要するに、そこが天国という演出だったんです。きっと普通に都内のどこかの公園で撮影しているんでしょうけど、それが本当に天国に見えたんですよ。

綾野: それはすごいです。

吉田: 本当に、“この人ってすごいな”っていうのが第一印象ですね。綾野くんは、瀬々さんと一緒にやるのはどういう感じなんですか?「64(ロクヨン)」以来だよね。

綾野: すごく単純な言い方をすると、「オッケー!」ってうれしそうに言う瀬々さんが好きなんです。あと瀬々さんは、一本一本、どの作品も異なって同じ人が撮った画には見えないのに、どこかしっかりとした線でつながっているんです。だから、瀬々さんのいろんな作品に携わってみたいなと思えるんです。きっとまた、修一さんの作品をやったとしても、まったく違う画になると思います。でも瀬々さんには、「修一さんの作品でならこういうのをやりたい」っていう芯の部分は一切ブレがないんですよね。そのうえで作品の規模や目的ごとにきちんと分別ができるところに信頼をおいています。

吉田: やっぱり苦労されている方ならではのものづくりなんですね。そのあたりは、僕も信頼して瀬々さんにお任せしています

綾野: 『犯罪小説集』は、一見全く違う5つの犯罪事件を連ねた短編集ですが、この原作にはある意味、修一さんが普段から抱いている“静かな怒り”みたいなものが実はこめられているのかなと思って。

吉田: そうですね。わりと淡々としているので、それを“冷たさ”と受け取る読者の方もいるかもしれないですけど。

綾野: 今日修一さんとお話しして、この原作がにおわせているのは“愛ある辛辣さ”だと、勝手に腑に落ちてます。瀬々さんが文庫の解説を書かれていますけど、「楽園」というタイトルの所以も書かれているんですね。

吉田: 瀬々さんの作品は、この映画だけでなくいろんな映画を観せてもらったんですけど、「何が起こっても、人はやっぱり生きていかなきゃいけない」っていうものすごく大きなテーマを持たれてると思うんです。いいことも悪いことも全部受け止めて、それでも先の人生があるんだっていうのを描かれる方なんですよね。

綾野: 犯罪者も、犯罪の疑いをかけられて疎外されてしまった人も、それから加害者家族も。

吉田: そういう意味で言うと、ここで答えを出したというより、答えを出してもまだ先があるんだぞっていう感じの監督なんだなって、あらためて思いましたね。

>>第3回に続く

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吉田 修一
1997年『最後の息子』でデビュー。2002年『パレード』で第15回山本周五郎賞受賞、同年『パーク・ライフ』で第127回芥川賞を受賞。19年『国宝』で第69回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

綾野 剛
2003年俳優デビュー。14年、主演映画「そこのみにて光輝く」などにて第88回キネマ旬報ベスト・テンなど数々の主演男優賞を受賞。17年、主演映画「日本で一番悪い奴ら」で第40回日本アカデミー賞主演男優賞を受賞。今後の公開待機作に、映画「閉鎖病棟−それぞれの朝−」(11/1公開)が控える。
スタイリング:申谷 弘美 / ヘアメイク:石邑 麻由
(衣装:パンツ…HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE/¥28,000+税 スニーカー…UNDERCOVER/¥22,000+税)

「楽園」
10月18日(金)公開
監督・脚本/瀬々敬久
原作/吉田修一
出演/綾野剛、杉咲花、佐藤浩市ほか
https://rakuen-movie.jp/
©2019「楽園」製作委員会

(あらすじ)
ある夏の日、地方都市のY字路で幼女誘拐事件が起こる。12年後、同じ場所でふたたび悲劇が起こり、町営住宅に住む豪士が容疑者として浮上する。一方、近くの集落で愛犬と暮らす男が村八分に遭い、孤立していく。ふたつの事件と当事者たちの運命が交差する緊迫のミステリー。吉田修一の小説『犯罪小説集』(角川文庫)より「青田Y字路」と「万屋善次郎」を映画化。


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