【カドブンレビュー】
記憶障害の逆で、他人にすぐさま忘れられてしまう能力を持った女の物語“The Sudden Appearance of Hope”で2017年に世界幻想文学大賞を受賞したイギリス人作家クレア・ノース。
『ハリー・オーガスト、15回目の人生』(角川文庫)では、前の記憶を持ったまま何度も自分の人生を生き直さなければならない人間の運命を描いた。
そして今作『接触』も、ある特殊能力をリアリティを持って描ききった傑作だ。
主人公ケプラーは、駅のホームでいきなり銃弾を何発も撃ち込まれ、死亡する。しかも自らの体が命を失っていく様を、通りがかりの老人の目を通して見つめている。ケプラーは、他人の素肌に触れることで、その人に乗り移ることができる特殊能力を持っていた。死亡する直前、とっさに近くにいた中年女性に乗り移り、更に隣の老人に乗り移って難を逃れたのだ。
実はケプラーは、ずいぶん昔に自分自身の体を失い、他人の体から体へ乗り換えながら生き永らえる、まさに“ゴースト”だった。
なぜ自分、もしくは直前まで乗り移っていた女の命が狙われたのか?隙を見てケプラーを葬り去ろうとした暗殺者自身に乗り移り、背後に隠された陰謀に迫っていく。
主人公が人から人に乗り換えていく描写がリアルだ。乗り換えた瞬間、宿主の口の中に残っていた紅茶の後味を感じる。視力の違いから見え方が変わる。宿主は慣れてしまっていただろうひどい肩凝りに閉口する。恐怖に泣いていた人に乗り移ると、胸の動悸を鎮めるのに苦労する。
読者も最初は乗り移ることで次々に視点が変わることにとまどうはずだ。
そして、ようやくこの設定に慣れて来たところで、“ゴースト”はケプラー一人ではなく、世界中に何人もいることが明かされる。更には、ゴーストを狩る集団が存在することも。ゴーストが当たり前に存在する世界が緻密な設定で広がっていく。
乗り移りの能力をフルに使って大勢の敵と戦い、空港の出入国審査を潜り抜ける様は、読んでいてわくわくする。しかし、ケプラーも完全なスーパーマンではない。ひとりの宿主に長く逗留するためには、事前に入念な下調べをして、宿主のプロフィールや人間関係を頭に叩き込まないと、いきなり周囲から浮いてしまう。誰にも触れることができない状態で宿主が死亡すれば、その時点でケプラー自身もアウトだ。
物語の舞台はトルコのイスタンブールから始まり、東欧へ、西欧へ、アメリカへ、数百年前の回想へ、世界中のあらゆる場所と時間へ自在にジャンプする。
読みやすさに心を砕いた最近の日本の小説に慣れてしまった私にとっては、この海外小説は(もちろん翻訳だが)、決してとっつきやすくはなかった。
しかし、奇想天外とリアリティを併せ持つ稀有な物語をスルーしてしまうのはあまりにもったいない。ゴーストと共に、国境も時代も超えて様々な人生を体感して欲しい。