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なぜこんなことに? 戦場に駆り出された少年たちの苦悩と痛み

 遠い場所で起きた戦争のニュースに私たちは心を痛めることができる。それは人間に想像力があるからである。そしてその力は小説によって増幅される。あさのあつこの最新作『ぼくがきみを殺すまで』は、読者を物語に引き込むことで、戦争まっただ中の架空の国へと連れていく。
 ベル・エイドの国境はもともと判然とせず、曠野(こうや)の向こうから来る隣国の人々との交流が盛んだった。しかしあるとき、隣国同士が戦争を始める。そして昨日まで同じ学校に通い、市場でものを売り買いしていた相手が「敵」になった。陶器や工芸品に才を発揮し「細工師」という意味の「ハラ」が呼称だった隣国人は、気がつくと「パウラ」(毒蛇)と言い換えられ、ベル・エイドから排除されていった。抵抗を試みていた人々も次第に国家権力と世論に屈していく。そして、ついには少年たちが兵士として戦場に赴くことになる。
 主人公はエルシア。ベル・エイドの少年である。パウラの捕虜となり、明日の朝には処刑されることが決まっている。監視役の兵士もまた少年であり、明日の処刑で銃の引き金を引くよう命令されている。エルシアは自分よりも年下かもしれないその少年兵に語り始める。それは戦争が始まる前、ハラの少年、ファルドと一つ屋根の下に暮らした日々の物語だった。
 現実に少年の兵士がいることを私たちは知っている。中東のゲリラに、アフリカの軍隊に。この国でも、太平洋戦争末期に、まだ少年の面影を残した若者たちが戦場に駆り出されていった。ベル・エイドは架空の国であり時代も明らかではないが、その細部には世界中でいまだに繰り返されている悲劇が織り込まれている。だが、私たちは彼らの名前を知らない。
 エルシアは戦場に出る前に特別武官養成学校の寄宿舎にいた。そこでエルシアは「L」、ほかの少年たちもK、S、Yなどとイニシャルで呼ばれる。彼らは個々の人生を歩むことは諦め、戦争の駒となることを受け入れていた。捕虜になったエルシアが鉄格子越しに名を告げ、哨兵(しょうへい)に名前を尋ね、ファルドの名を口にするのは、自分を取り戻すためだと言えるだろう。
 作者のあさのあつこは児童向け、大人向けという垣根を越えて読者を獲得してきた作家である。その作品は多彩で、時代小説、ミステリなどさまざまだ。なかでも『バッテリー』に代表される、少年たちの純粋で力強い生命力の輝きを描かせたら当代随一だろう。しかし、戦争はあさのが描いてきた生命の輝きをまっこうから否定するものである。『ぼくがきみを殺すまで』の(かな)しみは、少年たちが高く跳ぼうとしたときに足下が崩れ落ちていくような世界の不確かさにある。そしてそれはいまも世界のあちこちで起こり、終わることのない現実でもあるのだ。
 ニュースが人間の理性に訴えるとしたら、小説は感情に訴える。読者はこの小説を読む間、何度も問いかけるだろう。もしも、自分だったら。あるいは、自分の家族だったら、と。少年と同じ年頃の読者から、かつて子供だった大人まで、戦争を遠いと感じるすべての人に読んで欲しい作品である。

『花や咲く咲く』
あさの あつこ
(実業之日本社文庫)
こちらは史実を踏まえた「銃後」の物語。昭和18年、関西の片田舎に住む四人の少女たちの願いは、お腹いっぱい食べることとおしゃれをすること。非国民を監視する大人たち、学徒動員など、過酷な状況のなかでも失われない、やわらかな感性が一筋の希望となる。


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