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レビュー

コルセットで革命! 企てるのは老人と少年 『テーラー伊三郎』

 コルセットと聞けば、かつては女性を縛り付けた下着であり、それからの解放は女性解放とファッション革命の第一歩だった、というようなことが頭に浮かぶ。でもそれは物事の一面しかとらえておらず、「女の人が化粧するのって男性ウケのためだよね」という乱暴な物言いと同じではないかと気づいた。川瀬七緒の新作長篇『テーラー伊三郎』を読んだからである。
 福島の田舎町に暮らす一人の男子高校生、彼の名前は「海色」と書いて「アクアマリン」、通称「アクア」。保守的・閉鎖的な地元でこの名前、という苦悩多き人生を歩む彼だが、悩みは他にもある。父親が蒸発し、現在は母と二人の貧困家庭に暮らし、その母親は女性向けエロ漫画家であるのだ。小学生の頃、同級生たちに母の職業が知れて騒然となった際、事態を収拾しようとした担任教師の空回りな言動が心の傷となっている。とはいえ、母親に強制的に頼まれ背景描きなどを手伝う孝行息子だ。彼女の作品がフランス革命前後のヨーロッパを舞台にしているため、アクアは当時の衣裳や風俗にはかなり詳しくなっている模様。
 ある朝、彼の日常に変化が訪れる。通学路にある老舗の紳士服店「テーラー伊三郎」のウィンドウに突如、女性用の下着が飾られていたのだ。通学途中の生徒たちが騒ぎ、店主の息子がうろたえ、隣近所からも人が集まってくるなか、アクアだけが、それが十八世紀のコルセット「コール・バレネ」であると気づく。現れた店主、伊三郎はみるからに頑固親父であったが、アクアがそのことを伝えると、彼に興味を示す。それが二人の関係の始まりだ。
 伊三郎は、自分は気付けば体制側の人間になっていたが、ファッションで革命を起こしたい、と熱弁をふるう。日常に()んでいたアクアは賛意を示し、自ら手伝いを申し出る。ただし、二人の間に師弟関係が生まれたわけではない。あくまでもパートナーとして手を結ぶのだ。アクアの同級生、スチームパンク好きで美意識の高い東北弁少女・明日香も加わり、斬新な提案が次々なされていくが、頑なそうな伊三郎が、なんやかんやいっても十代の若者たちの意見にしっかり耳を傾けているところがよい。つまりは革命を唱える者らしく、古臭い年功序列の上下関係にとらわれた人間ではないのである。口調はぶっきらぼうだが、この老人、かなりフェアな人間だ。そんな彼ら三人の会話は、さまざまな蘊蓄も盛り込まれるが分かりやすく、ノリもよくテンポもよく、時に噴き出してしまう。つまり読んでいて楽しい。
 革命というのは、すんなり達成されるわけがない。立ちはだかるのはまず、地元で幅をきかす商工会。伊三郎の店のせいで商店街のイメージが悪くなるといちゃもんをつけてくる。また、住民たちを監視する元小学校教頭・真鍋女史は相当手強い相手。終盤になって彼女が仕掛けてくる罠には、もう、本気で腹が立つ!!
 一方、次第に味方も増えていく。商店街のお年寄りの中には、刺繍の凄腕やパソコンの達人もいる。そして何よりも、伊三郎の作るコルセットを、楽しんで着てくれるご婦人たちがいる。人間年を取ると頑固になると言われがちだが、彼らが今また自分の殻を破り、自由に振る舞い、新しいことに挑戦する姿には、自分もこんなふうに年を重ねたい、と励まされる。働き盛りの時期を過ぎ、ある種自由になったからこそ社会を眺めて見えてくるものがある。そして古い世代が新しい風を吹き込むことだってあるのだ。彼らの姿を見て、人生を諦めていたかのようなアクアの姿勢が変わっていくのも痛快だ。
 何よりも登場するコルセットやコーディネートが魅力的だ。冒頭に述べた、女性を縛り付ける下着だという凝り固まったイメージが覆されていく。と同時に、アクアや伊三郎のように、固定観念にとらわれずに一歩踏み出せた時、そこから世界はひらけるものだ、ということも教えられる。地域社会や貧困、親子関係の問題から服飾の歴史までさまざまなモチーフを盛り込みつつ、老いも若きも自分の殻を破って世界を広げられるのだ、と教えてくれる。軽やかで、しかし濃密なエンタメ作品である。


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