この時代ならではの、新たな名探偵が生まれた。柳井政和のデビュー作『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』のタイトルロールは、凄腕プログラマーであり、問題解決のためならグレーな手段も辞さないトラブルシューター。コンピューターに関する高い技術や豊富な経験の持ち主だからこそ、その技術を悪用して犯罪をおかす人間の手口を指摘し、犯行に至った動機を推理することができる。
ポイントは、「手口」ではなく「動機」をより重視していることだ。「サイバーミステリ」と呼ばれるにふさわしい佇まいを備えた本作には、よりふさわしいジャンル名がある。自分たちは今どのような社会に暮らしており、そこではどのような新しい悲しみが生まれているかをミステリのサプライズと共に記述する、「社会派ミステリ」だ(ちなみに本作は、昨年度「松本清張賞」の最終候補作だった)。
一年ぶりとなる待望の第二作は、時間軸を少し先へと進めた、正統な続編だ。大学時代に「呂布」のあだ名を頂戴していた熱血ヒロイン=探偵の助手役は今回も、プログラマーの転職を支援するベンチャー企業(←この設定が白眉。ぜひ本文でご確認あれ)の若社長・安藤裕美。新たに契約を結んだ情報技術系のベンチャー、サードアイは、「顔認識による顧客情報管理システム」を売りにしていた。「ソフトウェアの力で、社会を変えられると思っています」。社長の鳩貝の言葉に、安藤は信頼感を抱く。一方、大学時代に自分を変えてくれた友人・園村恵子から、四つ下の妹・幸子に関する相談を受ける。「AV女優顔探索」というサイトによって、過去が暴かれてしまった——。安藤は、鹿敷堂桂馬にサイトの閉鎖を依頼する。プライベートでの依頼のはずだったその一件が、会社の存続に関わり、社会を揺るがす大事件へと発展していく。
鹿敷堂&安藤のチームVS犯人のサーチ・アンド・チェイスのプロットラインに、かつてアダルトビデオに無理矢理出演させられ、その情報を晒されることで二重の被害者となった幸子の語り、そして自らも被害者であると主張する犯人の語りが記される。他人を食い物にすることなど厭わない風潮に乗れぬまま、ふとしたきっかけでボトムまで転がり落ちた二人の心の叫びを記述することは、この社会の有り様をありありと記述することでもある。
本作にあって前作になかったものは、探偵の側の「動機」だ。情報技術に関する能力を使って、社会に参加すること。社会をより良くするために、行動すること。「善悪を問わず技術を追い続けた人間には、その〝使い手〟がいるのではないか。自分には、安藤のような存在が必要なのではないか」。考えてみれば、古き良き時代からそうだった。探偵の助手は、探偵に正義の矛先を教え促す、探偵の「使い手」だった。
シリーズ続行の表明の書でもある本作は、今この時代、この社会ならではの犯罪の被害者と加害者のドラマを描き出すとともに、探偵の「動機」と探偵の助手の「役割」を設定する。のちにこのシリーズが大きく育っていった時、重要な一作だったと語られるだろう。
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『御社のデータが流出しています 吹鳴寺籐子のセキュリティチェック』
一田和樹
(ハヤカワ文庫JA)
探偵役は、御年82歳の「セキュリティ・コンサルタント」。抜群の経験と知識で、企業から依頼を受けたサイバーセキュリティ絡みの案件を走査(=事件にまつわるデータを要素分解&解析)する。この設定ならではの犯人の「動機」の驚きは、最終第4編「パスワードの身代金」がベスト。
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