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レビュー

未来の一語を絶望ではなく希望の側に取り戻すためには 『ベーシックインカム』(集英社)

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。物語を愛するすべての読者へブレイク必至の要チェック作をご紹介する、熱烈応援レビュー!

井上真偽『ベーシックインカム』(集英社)

 未来を、いかにポジティブなものとして描くか。AI脅威論に象徴されるSF的想像力が、未来をディストピアとして描く方向へと一気呵成になだれ込んでいる現在、多くの物語作家たちが格闘している難問だ。そのアンサーを実践してみせたのが、メフィスト賞出身の新鋭・井上真偽。初短編集『ベーシックインカム』は、表紙にはっきりと銘打たれているように、著者初挑戦の「SFミステリー」だ。全五編の共通テーマは——進歩した科学技術や先鋭的な政治政策を取り入れた先にどのような未来が待ち構えており、そこで人間はどのような感情や価値観を手にしているか。
 日本推理作家協会賞短編部門の候補になった第一編「言の葉の子ら」は、日本の幼稚園へ語学留学——日本語を母語とする幼児の「言語習得過程の追体験」——でやってきたエレナが、保育補助として子供たちと触れ合う姿を綴る。子供ならではの自由でのびのびとした発想に基づく言語感覚や、体を動かすことそれ自体が楽しそうな身体感覚、子供と大人の間で交わされる非言語コミュニケーションの描写に、作家の筆力が宿る。ある日、エレナは園で暴力的な行動をとる男の子の言葉に違和感を抱いた。そこから彼の短い人生に深々と刺さった謎を見出し、その真相へと論理的に迫っていくプロセスは、純然たる本格ミステリーだ。この物語のいったいどこがSFなのか? やがて露わになる「真の真相」が、そのジャンルを連れてくる。
 その後の短編においても、ミステリーの「真相」が明かされるのと同時に、SF的な地平が一気に切り開かれ、「真の真相」が現れる。……と、ネタバレすれすれの書き方をしてもきっと、読んでいる最中に前情報がよぎることはないだろう。一編ごとに異なる世界観の構築が盤石で、のめり込まされるからだ。第三編「もう一度、君と」はVRが発達した近未来、というSF設定が冒頭から珍しくアクセル全開となっているが、現在時制で進展する物語と入れ子で現れる、「ですます」調の怪談昔話が抜群に面白い。「三人称視点と一人称視点」や「現在と過去」など、各編ごとにアステリスク(*)の使用法を変え、小説表現の可能性を模索することにも積極的だ。
 四つの短編はいずれも、マニアックになりすぎないSF設定を採用した、本格ミステリーとして質が高い。何より個性的なのは、描き出される未来像がどこかポジティブで温かいことだ。その感触は、表題作にあたる最終第五編を読むことで増幅される。本格ミステリーの王道中の王道と言える謎——三重セキュリティでロックされた「密室」が破られた謎——をメインに据えつつ、この一編が描き出そうとしているのは、未来の一語を希望の側に取り戻すための想像力だ。全五編を通じて、子供が重要なモチーフに取り入れられていることも忘れてはならないだろう。子供について思いを巡らせることは、未来を想像することそのものだから。
 未来は良くなる。現実を知りながらそんなふうに言うなんて、逆張りの、逆ギレだ。でも、そう願い、そう祈ることから始まることがある。この本は、その祈り方を教えてくれる。

あわせて読みたい

相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』(講談社)


死者の言葉を伝えることができる霊媒師の美少女・城塚じょうづか翡翠ひすい。彼女の断片的な言葉を元に、推理作家の香月こうげつ史郎しろうは殺人事件の謎に迫る。……という一話完結型の探偵譚が、最終第四話で大いなる変貌を遂げる。山田やまだ風太郎ふうたろうの某作を現代的に換骨奪胎した、連作短編の鑑のような本格ミステリー。


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