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村上春樹、角田光代、山白朝子など恋愛小説の名手たちが紡ぎ出す傑作アンソロジーをあなたに。『運命の恋』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:瀧井 朝世 / ライター)

 運命ってなんだろう?
 そんなもの、本当にあるのだろうか?
 半信半疑であっても、人はしばしばその言葉を使う。特に、恋愛に関することにおいて。きっと、自分の努力ではどうにもならないからだろう。誰かを好きになる理由も、好きにならない理由も、どうにも説明のつかないこと。だからこそ、人は恋においてしばしば「運命」という言葉を落としどころに使う。それにやっぱり、運命ってどこかロマンティックだ。
 このたび『運命の恋』というアンソロジーを組むにあたり、なるべくバラエティーに富んだ内容にしたいと思った。自分の分身のように感じる相手と結ばれる話だけでなく、運命的なものを感じているのに結ばれなかったり、相手が人間とは限らなかったり……。切なかったり、コミカルだったり、ブラックだったりするなかで、「運命」に翻弄される人間の、さまざまな姿を味わえるものにしたいと考えたのだ。

村上春樹「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」

 自分にとって100パーセントの相手とすれ違ったら、どんなふうに話しかければよいのだろうか? 運命というものに一度でも憧れを感じたことのある人なら、こんな出会いを想像したことがあるのでは。誰もが振り返るような魅力の持ち主ではなく、あくまでも自分にとって100パーセントというのがいかにも運命っぽい。自分だったら声がかけられるだろうか、かけるとしたらどんな言葉にするか……。読みながらあなたも想像したのではないか。心の奥底にある、ロマンを求める気持ちをくすぐる一篇。センチメンタルな気分にさせつつも、知的で洒脱でユーモアにあふれるところも魅力だ。
 人に指摘されて気づいたのだが、100パーセントの相手とばったり出会う場面は、あの大ヒット映画『君の名は。』の終盤のシーンを彷彿させる。『The New York Times』の『君の名は。』の映画評では、映画『君の名は。』と「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」との類似性について指摘されていた。実際、新海誠監督はこの短篇の影響を受けているそうで、『君の名は。』Blu-rayコレクターズ・エディションとスペシャル・エディションの封入特典の100Pブックレットに、本作について「読まずともそらんじることができるくらい好きな一編です。大学時代に出会って以来、僕の原風景の一つになってしまっていると思います。」と、書かれてあるのを知って納得した。この文庫のカバーイラストを映画から使用させてもらったのは、そんな理由もある。運命めいたものを感じながら、その理由を思い出せない二人。あのあと、彼らはどんな会話を交わしたのだろう?

角田光代「誕生日休暇」

 やや長めの休暇をとることとなった働く女性が、周囲の意見に流されるようにしてハワイへ一人旅に赴く。そこで出会った男性から、あるめぐり合わせについての話を聞かされる。彼が話す内容こそが運命の恋の物語であるが、主人公にとっては、ハワイに行き、見知らぬ男性に声をかけられ、その話を聞くことになったこと自体が運命だろう。運命の恋を直接的に描くのではなく、伝聞という形で、それを聞いた人間の心に起きる変化を描くのが、この話の大きなポイントだ。
「お手軽な運命に、風船みたいに飛ばされるんじゃなくて、どっか、、、と根を張って流されないことってできないのかな」という彼女からの問いに、彼は「できると思います」と答える。でも、こうも言う。「――だけど、そういうのってほんとうかな? とも思うんだな。かわらずにいることに、価値なんかこれっぽちもない、って。……ひょっとしてこれは、自分を正当化したいだけなのかもしれないけれど」。ここ数年間はルーティンを守ることをよしとしていた彼女の心が、この偶然の出会いによって動かされていく。きっと彼女の日常は、今後変わっていくだろう。運命を待ち焦がれながらも行動する勇気のない人に贈りたい一篇。

山白朝子「布団の中の宇宙」

 乙一氏の別名義のひとつである山白朝子はホラーを得意とする。それを知る読者なら、これは怖い展開が待っていると思いつつ読むだろう。実際、主人公の知人である作家、Tさんの身に起こる出来事は不気味だ。だが、彼自身はきっと幸福だったのではないか。つまりこれは、何が〝幸せな恋〟なのかは、本人にしか分からない、という話でもある。この先の自分の人生どころか命すらどうなるかも知れないのに、運命に身を投じることができた一人の男を、あなたは羨ましいと思うか否か。怪奇譚として読める一篇ではあるが、そこから何を感じとるかで、あなたの人生観や恋愛観が見えてくるはずだ。

中島京子「おさななじみ」

 結婚が決まり、長年営んできた店を畳もうとしている一人の女の語りの後、相手の男のこれまでが三人称で語られていく。読者はこの二人のおさななじみが五十歳手前にして結婚する経緯を知ることになる。これは、できれば二回読みたい作品。一読目は終盤の驚きが強く印象に残るだろうが、再読すると、彼女の長きにわたるあふれる愛情と、それに応える彼の静かな愛情がはっきりと感じられて、しみじみするはずだ。直接何も書かれていないのに、明るく世話焼きな彼女と、寡黙な彼とのこれからの夫婦生活が目に浮かんできやしないだろうか。あなたたちは運命で結ばれた二人だったのだねと、心から素直に彼らに祝福を送りたくなる。

池上永一「宗教新聞」

 こちらはコミカルな一篇。人生どん底の状態にいる男がちょっと天然っぽい女の子と出会い、彼女に惹かれていく。でもささやかな誤解によってふたりはすれ違い……と、ラブコメらしい展開となるが、なんとも設定がユニーク! 宗教新聞、より素晴らしいパートナーとの出会いを目指す一会教なる宗教、運命の赤いビーム等々。彼女がなぜ自分を拒絶するのか、その理由に気づかない主人公の鈍感さをもどかしく思いながら読むことになる恋愛モノの王道的な作品で、恋に落ちることの唐突さや理由のなさがよく分かる。と同時に、終盤に婚約者がなぜ失踪したのかの理由や、それを知っての主人公の心情も明かされ、爽快な気分になる短篇。自身の出身地である沖繩を舞台にした長編小説を書くという印象の強い著者だが、このような軽快な短篇も発表しているのである。

唯川恵「僕の愛しい人」

 このアンソロジーの最後にこの作品を置くというのは、非常に皮肉かもしれない。心から愛する女がいながら、他の女性と結婚する男と、それを受け入れられない女。運命の相手と結ばれることが、自分の人生をより物質的に豊かにするとは限らない時、人はどんな選択をするのか。この男が〝運命の恋〟など信じない人間だったら、きっと彼女のことを適当にあしらった後で捨てていただろう。だが、彼はどうしても彼女から離れられない。いってみれば〝運命の恋〟に固執した結果、彼は狂っていくのである。なんともぞっとする話ではあるが、恋と欲の恐ろしさを短いページ数の中にぎゅっと詰め込んだ、手練れの一篇である。

 なにが運命かに正解はない。自分が運命だと思えば運命なのだろう。また、運命があなたに幸福をもたらしてくれるとは限らない。どんな結果になろうとも、その出会いがあなたの人生を変えるものだったなら、それは「運命」と呼べるものだろう。
「運命なんて、ただの思い込みだ」「運命とは自分で作るものだ」――そんなことを言う人もいる。それでも、人は、何かしらの運命が訪れることを心のどこかで待ち望んでいるものだ。人間の本能の中には、手に届かない何かを求める衝動が備わっているのではないだろうか、とも思えてくる。そして人がとりわけ〝運命の恋〟に憧れるのは、それがなかなか手に入らないものだからだ。
 今日も街のどこかで、誰かと誰かが奇跡的な出会いを果たしているかもしれない。あるいは、運命に翻弄されて人生の転換期を迎えているかもしれない。運命に破れて涙を流しているかもしれない。そんな人々の、いろんな思いを追体験できるのが小説の醍醐味だ。皮肉な恋も、切ない恋も、可愛い恋も、主人公たちの心に寄り添いながら、存分に味わっていただけたら幸いである。
 あなたにも、なにかしらの、素敵な運命が訪れますように。

ご購入はこちら▷『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』| KADOKAWA


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