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レビュー

腹話術でお見通し⁉︎口の悪い姫人形・お華と相方人形遣い・月草が江戸の事件を大解決『まことの華姫』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:末國 善己 / 書評家)

 子供向けの交通安全教室で使われたり、超絶的な技術を持ついっこく堂が人気を集めていたりする腹話術は、身近な話芸である。普段、何気なく見ている腹話術だが、その歴史は古く、紀元前の『旧約聖書』の時代にも記録があるようだ。
 ヴァレンタイン・ヴォックス『唇が動くのがわかるよ 腹話術の歴史と芸術』(監修・池田武志、翻訳・清水重夫)によると、古代の聖職者や呪術師は「唇の動きをある程度抑制しながら、声を拡散させて喋ることによって、霊を所有している真似」をしたという。そのため、紀元前三世紀のヘブライ人学者によって翻訳されたギリシャ語の聖書では、「交霊占い師」を意味する「バールオヴ」という単語には、「内」「腹部」「話し手」という言葉からできた「腹話術師」の意味があてられていたようだ。
 キリスト教が広まった中世ヨーロッパでは、呪術が禁止され、霊の言葉を語る腹話術師も、魔術師や魔女と同様に迫害された。だが十六世紀に入ると、腹話術師が王や貴族の前で芸を披露するようになり、十七世紀には唇を動かさずに声を出す技術が医学的に研究されるようになった。腹話術は観客を楽しませる娯楽として一般化し、十八世紀には人形を相方にして掛け合いをする現代のスタイルが確立している。

 腹話術を見ていると、腹話術師が唇を動かさずにしゃべっていると知っていながら、本当に人形が言葉を発しているように錯覚することがある。これは腹話術が、神の預言や死者の言葉を演出するために生まれたことと無縁ではないだろう。
 江戸の腹話術師と相方の姫様人形を探偵役にした本書『まことの華姫』も、腹話術の歴史に刻まれている神秘性を活かし、超自然現象は出てこないのに、姫様人形が自分の意志で話しているように感じられ、どこか不思議な世界を作っている。これはあやかしの血を引く薬種問屋の若だんなを主人公にした〈しゃばけ〉シリーズや、古道具屋兼損料屋(レンタルショップ)を営む姉弟が、妖怪になった古道具の助けを借りてトラブルを解決する〈つくもがみ〉シリーズなど、江戸の珍しい職業や風俗に着目しながらミステリとしても、ファンタジーとしても秀逸な作品を手掛けている畠中はたけなか恵にしか書けなかった物語といえる。

 第一話「まことの華姫」は、両国の盛り場を仕切る地回りの山越やまこしの親分と、その娘で十三歳になるおなつが、見世物小屋へ向かう場面から始まる。そこには、木偶でくの姫様人形おはな(通称・華姫)と掛け合いをする話芸で人気の月草つきくさが出演している。
 山越の親分は、両国橋西詰を縄張りにしている。そこは明暦の大火(一六五七年)の後に整備された火除地ひよけちなので恒久的な建物は造ることができなかったが、すぐに撤去できる仮説の小屋は黙認されていて、芝居、講釈、軽業などの見世物のほか、飲食店なども並ぶ江戸屈指の盛り場になっていた。隅田川沿いにあるだけに、特に納涼シーズンの賑わいは凄まじかったようで、『江戸名所図会』には「つねに賑はしといへども、なかんづく夏月かげつの間は、もつとも盛んなり」「絃歌鼓吹げんかこすいは耳に満ちてかまびすしく、実に大江戸の盛事なり」と書かれている。夏は花火でも有名な両国は多くの時代小説に取り上げられているが、大抵は夏の風物詩として描かれているだけで、見世物で生計を立てている芸人や、そこを縄張りにする地回りに着目した作品は珍しい。著者は、月草の話芸を見聞きするのに客はいくら払うのか、山越の親分が小屋を経営するのに必要な経費には何があるのかなどの丁寧な時代考証で、知っているようで知らない両国の盛り場を活写していくので、新たな発見も多い。

 真実が聞こえてくる井戸の中から出てきた二つの玉を目の材料に使ったとされ、「人の知らない事まで承知」し「真実を語る」と噂されることから、〝まことの華姫〟と呼ばれる人形のお華に、お夏が相談したかったのは姉おそのの死の真相だった。
 おそのには優柔不断な左官の恋人がいたが、父が裕福な男との縁談を勧めてきた。お夏は、姉が神田川に落ちて亡くなったのは、二人の男の板挟みになったことを苦にした自殺で、山越の親分にも責任があると考えていた。だがこの思い込みは、月草と華姫の推理で鮮やかに覆される。事件とは無関係そうな描写が、実は重要な伏線になっていたと明かされる謎解きシーンには、衝撃を受けるのではないだろうか。

 萩尾はぎお望都もとの『11人いる!』は、宇宙大学の最終テストのため十人が宇宙船に乗り込むが、そこにはなぜか十一人がおり、誰が招かれざる一人かをめぐって互いが牽制し合うSF漫画である。十人の候補者の中から目的の人物を捜し出す「十人いた」のタイトルは、萩尾の傑作を意識して付けられたと考えて間違いあるまい。
 古着の商いが盛んな柳原やなぎわら土手どてを縄張りにする親分は、火事から逃げる途中で、一つの息子と二つの娘を見失った。それから七年。先日、五年前に迷子になった子供が見つかったと聞いた柳原の親分が、改めて二人の子供を捜し始めた途端、我が子と似た年恰好の少年少女が十人も集まってきたのである。
 お夏と月草・華姫が、子供たちを観察したり、話を聞いたりして、一人また一人と柳原の親分の子供候補から除外していく展開は正統的なフーダニット(犯人当て)だが、最後に残った一人が捜していた子供という単純な構成にはなっていない。事件には、十人の中でもお気に入りの竹市たけいち坊を我が子にしたいという柳原の親分の親心、地回りをしている限り逃れられない宿命などもからんでおり、せつなさとやるせなさが募る。

 「十人いた」では、人形師だったが火事による怪我で職人生命を絶たれた月草の悲しい過去の一端も明かされ、このエピソードは物語の後半の重要な鍵になっていく。
 「西国からの客」は、複雑な人間模様が引き起こした事件が描かれる。
 西国の青糸屋の若だんな銀治郎ぎんじろうと妻のおとく、手代の新三しんぞうが、頼まれていた縁談をまとめるため江戸へ来た。銀治郎は堂島どうじま米会所こめかいしょの相場師だったが、大坂を襲った流行病はやりやまいで景気が悪化し多額の持参金を必要としていた青糸屋の婿になった。その直後、青糸屋の嫡男で店を継ぐつもりだった武助たけすけが姿を消したので、銀治郎たちの江戸行きには武助を捜す目的もあった。武助と再会できるか尋ねた銀治郎に、華姫は「武助さんに会えるわ」しかし「会えないとも言えるの」という矛盾した回答を告げる。この言葉通り銀治郎の前に武助が現れるが、名乗り出た男が三人もいたのだ。

 限られた候補者の中から武助を捜す「西国からの客」は、「十人いた」と同じように思えるかもしれない。ただ、候補者の話などを手掛かりに絞り込みを行った「十人いた」に対し、「西国からの客」は、華姫の謎めいた言葉、華姫の宣託があった直後に候補者三人が現れる都合のよさなどから、月草・華姫が推理を組み立てているのでミステリとしての味わいはかなり異なっている。一見すると似た趣向で、まったく違う謎解きを作ったところに、著者の確かな実力をうかがうことができる。
 「まことの華姫」の二つ名が示す通り、華姫は常に「まこと」を口にする。だが「まこと」が、人を幸福にするとは限らない。例えば自分の悪口を聞けば、誰が言い出したのか知りたくなるが、犯人を探し出して詰問するよりも、第三者に間に入ってもらってソフトランディングさせた方が、人間関係がうまくいく時がある。

 華姫が語る「まこと」は、証言や見落とされていた手掛かりを論理的に組み立てた〝事実〟である。華姫から事件の裏に隠された〝事実〟を聞かされた関係者たちは、それを参考に、誰も傷付けず事態を丸く収める方法、自分の力で困難を乗り越える道筋といった〝真実〟を模索していくので、「まことの華姫」から「西国からの客」までの三作は、謎解きの面白さはもちろん、心温まる人情も楽しむことができるのである。
 だが普通の人では気付かない〝事実〟を看破する探偵役の華姫は、事情をよく知らない人からすれば〝真実〟を語っているように見えてしまう。華姫が何者かに強奪(誘拐の方が適切か?)される場面から始まる「夢買い」は、「まこと」を語るという探偵的な行為が、悪事を暴く良き方向に使われるだけでなく、探偵の言葉を利用して得をしようとする悪しき方向に使われる危うさもはらむ現実を指摘している。
 誰もが簡単に情報が発信できる現代では、大きな事件が起こるとインターネットに多くの素人探偵が現れ、事件の推理を行ったり、怪しい人物の個人情報を発掘したりと、ミステリに登場する探偵と違って真偽不明の情報を広めるようになった。ミステリでありながら、探偵の推理が事件の関係者を鞭打つことも、さらに事態を混迷させることもある可能性を正面から取り上げた「夢買い」は、無責任な素人探偵たちがあふれている現代社会への警鐘のようにも感じられた。

 最終話「昔から来た死」は、江戸に来た浄瑠璃一座のメンバー一助いちすけが、かつて月草と縁のあった女性が、人形師の夫を殺したとの噂をもたらし、月草と華姫が、江戸で情報を集め西国の事件を推理する安楽椅子探偵ものとなっている。
 人形師殺しには、「十人いた」で描かれた月草の過去と恋愛話が密接に関係しており、江戸と西国、過去と現在が織り成す複雑な因果の糸をときほぐしながら、月草が真相を導き出し、自分の過去とも向き合う終盤には圧倒的なカタルシスがあり、掉尾とうびを飾るに相応しいクオリティになっている。
 火除地だった両国の盛り場が舞台で、月草の人生が火事によって思わぬ方向に進んだように、本書で描かれる五つの事件は、火事が関係するケースが少なくない。すべてを焼き尽くし、被災者の生活を変える火事は、先が読めない人生や逃れられない困難の象徴のように思えた。トラブルに直面した人たちに手を差し伸べることで、自らも成長し、新たな一歩を踏み出す月草とお夏の活躍は、同じように悩み苦しんでる現代人へのエールになっているだけに、読み終わる頃には前向きな気分になるはずだ。


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