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レビュー

これは夢か現実か――?実在した人物をモチーフに描く、10個の摩訶不思議な物語『不時着する流星たち』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:鴻巣 友季子 / 翻訳家)

「すべての小説は自伝を目指す」
 と、あるイギリスの作家は言った。
 また、あるアメリカの作家は、「あなたの小説はフィクションなのか自伝なのか?」と問われ、
「作品の中にいくつ噓が入っていたらフィクションになり、いくつ真実が入っていたら伝記になるんです?」
 と笑った。
 小説は作りごとで、伝記は事実の記録だという、ごく大雑把な共通認識がある。しかし、その境界線はひどく曖昧なのではないか。記憶と想像と夢想と幻想と虚構と、なんなら狂気の境目は、どこにあるのだろう。
『不時着する流星たち』というタイトルからして美しい十篇の短篇集を読んでいると、ますますそう思えてくる。
 本書は、言ってみれば、「モデル小説集」だ。ストーリーや主人公のモデルが実在する。各篇の最後に、物語を発火させる「火種」となったらしい人物や史実などが簡潔に紹介されているので、ざっと見てみよう。

 ヘンリー・ダーガー: 長大な少女戦士たちの物語『非現実の王国で』の作者。一掃除夫として無名のままこの世を去る。
 ローベルト・ヴァルザー: 生涯、散歩者の視点で世界を見つめ続けた作家。晩年は精神療養施設に入所した。
 パトリシア・ハイスミス: 『太陽がいっぱい』などの代表作があるアメリカの作家。カタツムリを偏愛した。
 グレン・グールド: カナダ生まれのピアニスト。父親特製の極端に低い演奏用の椅子を使い続けた。
 ヴィヴィアン・マイヤー: 乳母として暮らしつつ、生涯で十万点以上の写真を撮影。死後、その写真が広く知られるようになる。
 エリザベス・テイラー: ロンドン出身のハリウッド大女優。八回結婚したことでも有名。
 牧野まきの富太郎とみたろう: 日本の植物分類学の礎を築いた植物学者。発見した植物に、一度だけ私情を交え、亡妻の名をつけた。

 超のつく有名人もいれば、一般には知られざる作家、散歩者、乳母にして写真家、研究者などもいる。この他、「放置手紙調査法」「バルセロナオリンピック・男子バレーボールアメリカ代表」「世界最長のホットドッグ」といった歴史的出来事がモデルとなることもある。
 小川さんによる紹介文に沿ってこうしてまとめてみれば、いかにもそこに「物語」が潜んでいて、あとは作家の手で取りだすばかりに見えるかもしれない。しかしどんな人や出来事に目を留め、その中にどんな像をりとるか、ここまででフィクションはすでに動きだしているのだ。
 いったいフィクションは、いつ、どのような機構によって起動するのだろう? 本書の一篇「臨時実験補助員」に、こういう一節がある。まるで小川洋子の創作の奥義がさり気なく明かされているようだ。

 目立ちすぎてもよくないが、誰にも発見されなければ意味がない。この微妙な按配あんばいを見定める能力に、あなたは長けていた。〝手紙実験〟専門の補助員として、これからの人生もずっとやっていくべきではないかと思うほどだった。ぼんやりした人ならたやすく見過ごしてしまう、しかし確かにそこにあって、ふと、としか言いようのない瞬間に視界に忍び込んでくる隙間、くぼみ、物陰、空洞、亀裂をあなたは目ざとく見つけ出した。

 まちがいなくわたしはこの「ぼんやりした人」の部類で、小川洋子という小説家は「見つけ出す」側の住人なのだ。どこかにある小さな隙間や物陰や亀裂から、小川さんは渺々びょうびょうと広がる異世界を見つめ、その筆先に引き寄せる。
『不時着する流星たち』に描かれるのは、裁縫箱を武器に誘拐犯と戦う少女、どこかにいるはずの自分と同種類の人たち、世界の隙間に落ちた手紙、耳から脳に入りこんだ口笛虫、葬儀で死者を送り出す「お見送り幼児」、あこがれの人のサイズと同じまま大きくならない足、蜘蛛の巣に書かれた暗号──といった、不思議で、いびつで、けれど愛しさがこみあげてくる人やもの……。
 ああ、そうだ、小川洋子は物語の一行目と二度目にめぐりあったのだと、わたしは思った。そうして書かれたのが、この不思議で、むごくて、温かい十篇なのだと。
「一行目と二度目にめぐりあう」という考えは、詩人・蜂飼耳の「蛙はためらわない」というエッセイの中で出会ったものである。前後を引用する。

 私は多くの第一行と路上ですれちがっているはずである。私にかかわりのない第一行は、そのまますれちがうだけだが、もし重大なかかわりがある一行であれば、それはすれちがったのちふたたび引きかえしてくる。〈中略〉それは、かつて記憶のなかで、予感のようにめぐりあった一行かもしれないのだ

『おいしそうな草』

 わたしも子どものころ、少女戦士や口笛虫や蜘蛛の巣に書かれた暗号の物語世界を頭のどこかに持っていた。持っていた気がする。わたしも多くの「第一行」と行き会い、大半はすれ違っただけで去ってしまっただろうが、ひょっとしたら引き返してきてくれた「第一行」もあったかもしれない。なのに、わたしはなに一つこの手にとらえ文字に転写することはできなかった。
 本作品集を読んでいると、そんな一度は掌から零れ落ちた夢が、目の前に甦ったかのような眩暈をおぼえるのだ。

    ◆

 たとえば、「誘拐の女王」をインスパイアしたのは、無名の掃除夫ヘンリー・ダーガーが書きつづけた『非現実の王国で』のようだ。これは「子ども奴隷制」を敷く悪の国家と戦う七姉妹の少女戦士たちの物語だが、「誘拐の女王」では、「まさに誘拐されるために生まれてきた」ような、年の離れたかれんな義姉の口から、「無法者」にかどわかされ救いだされる冒険譚が際限なく語られる。ひたいをくっつけあって密かに、密かに、物語られる。両親は部屋に決して入ってこない。

「さあ、今日は、これでおしまい」
 姉は裁縫箱を閉じた。
「他の誰にも内緒」
 左右の人差し指で作る×印が、お話の終わりの合図だった。

 こうして秘密のお話は終わるが、一つ心配なのは、姉がお話をしてくれた日の夜は、「姉の部屋を訪れる人数が増し、彼らの振る舞いがいっそう乱暴になることだった」という。夜中に姉をおとない、責め立てる人々とはだれなのか。姉は「ごめんなさい。いい子になります。私が悪いんです」と涙を流し、「裁縫箱を手当たり次第に引っかき回し、分度器で頰を叩いたかと思うと、ペン先を頭に何度も突き立て、小石と丸薬を耳の穴に詰め込」むのである。
 あるいは、「カタツムリの結婚式」では、少女がテレビに映ったオーケストラの中に、自分と同じ島の出身者が潜んでいるのを見つけてしまう。そこは「世界のどの地点からも遠く離れた孤島」だ。また、「臨時実験補助員」の主人公はかつて極秘の実験に携わっており、「手違い」では幼子が死者にだけわかる目配せを送る。「若草クラブ」の少女には、決して友だちには知られてはいけない秘密があり、「十三人きょうだい」の主人公は内緒の呼び名で叔父さんを呼ぶ。
 本書の十篇をつなぐのは、「秘めやかさ」だ。登場人物たちだけが分かち合う秘密を、読者は横からそっと覗き見ることになる。でも、あまりに密やかなので、本当にこの人たちは存在しているのか、この出来事はあったのか、時折、わからなくなるだろう。主人公の想像の産物かもしれないし、もしかしたら、自分が遠い日に夢に見たお話が、本の中に浸みだしてしまったのかもしれない。
 ところが、夢は残酷にも覚める時が来る。陰と日なた、始まりと終わり、境のない揺蕩たゆたいのなかに、破調と別れの兆しは突如として顕れる。
 失われたものへの哀悼と、喪失の甘美さに充ちた、極上のオマージュ作品集である。

ご購入&試し読みはこちら▶小川洋子『不時着する流星たち』| KADOKAWA


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