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周囲から疎まれる組織の”裏切り者”刑事。彼が追う未解決事件の真相とは――『刑事の枷』堂場瞬一 文庫巻末解説【解説:若林踏】

圧巻の王道警察小説!
『刑事の枷』堂場瞬一

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。



『刑事の枷』文庫巻末解説

解説
わかばやし ふみ(ミステリ書評家)

 タフでなければ生きていけないって、本当かい。
 どうしゆんいち『刑事の枷』は、いまの警察小説の主人公達に求められている格好良さとは何か、という事を考えさせる作品である。孤高のヒーローが我が道を突き進み、ひたすら敵をやっつける。まあ、それは確かに痛快だし、胸のすくような思いがする事だろう。だが、孤高を貫く姿を描く事が、本当に強さを表す事につながっているのだろうか。本書に登場する刑事コンビの姿を追いかけていくと、そんな思いに駆られる。
『刑事の枷』は二〇二一年一月にKADOKAWAより単行本として刊行された長編小説だ。物語の舞台はかわさき市であり、冒頭では川崎中央署に勤務するむらかみつばさ刑事が公園のトイレにホームレスが人質を取って立てもる事件にたいする場面が描かれている。ホームレスは包丁を子供に突き付けており、刑事達もうかつには手を出せない状況だった。だが、そんな中で一人の男が屋根から犯人を急襲し、人質を助け出す。それは村上と同じく川崎中央署のかげやまこうへいだった。人質は無事に助けたものの、身勝手な行動を取った影山に対して上司は厳しい言葉をかける。だが影山は気にする気配もなく、後始末を他の刑事達に押し付けて現場を立ち去ってしまう。
 影山はふだん警察署にいる事はほとんどなく、同じ署にいるにも拘わらず村上が現場で影山の姿を見たのもこの事件が初めてだった。先輩刑事の話では影山は県警本部の捜査一課にいたのだが、本人の希望で所轄の刑事課に異動してきたらしい。影山に興味を抱く村上だったが、周囲の刑事たちは口を揃えて村上に警告する。あの刑事には関わらない方が良い、と。ところが村上は思わぬ形で影山と関わりを持つ事になってしまう。影山が何故か村上に目を付け、個人的な捜査に無理やり付き合わせるのだ。
 一匹狼の刑事とコンビを組み、若手刑事が振り回される。警察小説というジャンルにおける定型を踏襲した物語であると、表面上はとらえる事が出来るだろう。影山のような一匹狼型の刑事キャラクターは、国内外を問わず多く作例があり、熱烈なファンがいるシリーズもある。海外の代表例はマイクル・コナリーの〈ハリー・ボッシュ〉シリーズだ。同作の主人公であるハリー・ボッシュは、強い正義感と揺るがぬ信念を持つゆえに組織と衝突しながら、捜査にひたむきな情熱を懸ける人物として描かれる。作者のマイクル・コナリーは私立探偵小説の古典作家であるレイモンド・チャンドラーを敬愛しており、ボッシュの造形にもチャンドラーが創造したフィリップ・マーロウをはじめとする米国私立探偵小説の主人公たちの面影がある。権力や体制に背を向け、己の信ずるものに従って行動する私立探偵小説の精神を、組織の内部で生きる者を描く警察小説に移植してみたらどうなるのか、という試みをマイクル・コナリーは行ったのだ。
 話を戻そう。『刑事の枷』における影山康平も、一見すると典型的なワンマンアーミータイプの刑事キャラクターに思える。ところが小説を読み進めていくと、どうやら単なる一匹狼型刑事の物語ではない事がだんだんと分かってくる。影山康平がなぜ単独で捜査を行うのか、というより何を考えているのか、全く意図が読めないキャラクターとして描かれ続けるからだ。強引に単独捜査に付き合わされる村上は、影山がどうやら十年前に起きた未解決事件を追っているらしい事に気付く。だが、なぜ影山がその未解決事件にこだわるのか全く分からず、影山本人も誰にも明かそうとしない。
 本書が他のワンマンアーミーの小説と異なる点はここだ。なぜ、その人物が孤立した存在で居続けようとするのか、ブラックボックスの状態で物語が進んでいくのである。無論、先ほど書いた十年前の未解決事件の謎があるものの、読者はそれ以上に影山康平という人物について知りたくて頁をめくるだろう。本作の最大の謎は、刑事の内面そのものなのだ。
 影山康平という人物の謎に迫るのは、本作で彼の捜査に付き合う村上翼である。単行本刊行時、WEBサイト「カドブン」に掲載されたインタビューで堂場は「いままで若い刑事だけを書いたり、中堅の刑事を主人公にしたりと、どちらか1人だけを書いてきたんですが、タイプの違う2人をからませたらどうだろう」という発想から、影山と村上のコンビが生まれた事を語っている。村上翼は若いにも拘わらず「太陽にほえろ!」や「特捜最前線」といった昭和の刑事ドラマを愛好しているという、少し変わった一面もある刑事だ。まだ青臭さも残る未熟な主人公が、心の奥底が知れない先輩刑事にほんろうされながら如何いかなる変化を遂げていくのか、という成長小説としての側面も本書は持ち合わせている。
 もちろん、バディものの要素を持った小説でもあるのだが、影山と村上の関係は実はバディと呼べるものになっているのかは怪しい。影山が行動の目的を一切しやべらず、村上は彼に対して常に不信感を抱きながら影山に付いていくからだ。相棒として必要最低限の信頼もないどころか、常に心理的な距離が影山と村上の間にはある。これは読者が影山というキャラクターをある程度、突き放した地点から眺める事に繫がっているのだ。ワンマンアーミーを描く警察小説や活劇小説は、時として過度にヒロイックなキャラクターになったり、場合によっては超人化が進んでしまう危険をはらんでいる。堂場はそうしたミステリ小説のヒーローが持つかんせいにおそらく自覚的で、だからこそ本書は他の一匹狼型刑事ものとはひと味違った物語になったのだろう。タフネスを誇示するだけがヒーローではない、という思いを小説のラストを読んで抱いた。
『刑事の枷』を発表した二〇二一年は堂場が作家デビューしてから二〇周年に当たる年だった。先ほど紹介した「カドブン」でのインタビューでは本書を「これまで書いてきた警察小説の集大成的なところがある」と自身で語っていたが、その後も〈警視庁追跡捜査係〉や〈警視庁総合支援課〉といったシリーズの続刊を手掛けており、警察小説を書くことに対する情熱はますます燃え上がっている気配がある。一方で警察小説以外のジャンルへの挑戦もおうせいに行っている。近年の収穫は河出書房新社より二〇二二年二月に刊行した『0 ZERO』だ。これは創作を巡る作家の自己言及的な側面のある小説で、こうした作家小説を堂場が手掛けた事に刊行当時、意外な印象を感じた。『刑事の枷』のような警察小説の本道を行く作品を書いてもらいつつ、予想もしないジャンルへの更なるチャレンジも期待したい。

作品紹介・あらすじ



刑事の枷
著 者:堂場瞬一
発売日:2024年02月22日

周囲から疎まれる組織の”裏切り者”刑事。彼が追う未解決事件の真相とは。
「忠告だ。影山には近づくな」。
川崎中央署の若手刑事・村上翼は、管内で起きた人質事件をきっかけに傍若無人なベテラン刑事・影山康平に目をつけられ、強引に連れ回されるようになる。
署内の誰もが”裏切り者”と敬遠する影山が、実は10年前に起きた未解決の殺人事件を独自に捜査し続けていると知り、村上も事件解明へと乗り出すが、その矢先、新たな殺人事件が発生。
被害者の身元もわからず捜査は難航するかと思われたが、村上は2つの事件のつながりに気づき……。圧巻の王道警察小説!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322307001274/
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