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レビュー

名コンビが、映画誕生期に起きた怪事件を追う!――『新シャーロック・ホームズの冒険 顔のない男たち』ティム・メジャー 文庫巻末解説【解説:若林踏】

名コンビが躍動する迫力のパスティーシュ。
『新シャーロック・ホームズの冒険 顔のない男たち』ティム・メジャー

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

新シャーロック・ホームズの冒険 顔のない男たち』著者:ティム・メジャー



『新シャーロック・ホームズの冒険 顔のない男たち』文庫巻末解説

解説
わかばやし ふみ(書評家)

 英国の作家コナン・ドイルが生んだ、名探偵の代名詞であるシャーロック・ホームズ。その活躍たんを自分でも書いてみようとパスティーシュに挑む作家は、今でも後を絶たない。
 近年、ホームズ・パスティーシュ作品に取り組んだ作家で最も名高いのはアンソニー・ホロヴィッツだろう。『カササギ殺人事件』(山田蘭訳、創元推理文庫)や『メインテーマは殺人』(同)などの作品で、現代英国本格謎解き小説の第一人者として日本でも知名度を獲得したホロヴィッツだが、『カササギ』以前に『シャーロック・ホームズ 絹の家』(駒月雅子訳、角川文庫)と『モリアーティ』(同)という二つのホームズ・パスティーシュを発表している。
 二〇二三年に話題を呼んだホームズ・パスティーシュと言えば莫理斯トレヴアー・モリス『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』(舩山むつみ訳、文藝春秋、邦訳は二〇二二年刊)だ。ホームズ物語を清代末期の香港に移して描いた本作は、第九回日本翻訳大賞や第十一回翻訳ミステリー読者賞を受賞するなど、高い評価を得た。このように本国イギリスのみならず、世界中で様々な切り口のホームズ・パスティーシュが今も生まれているのだ。
 さて、そんな中で新たなホームズ・パスティーシュの書き手として注目しておきたいのがティム・メジャーである。本書『顔のない男たち』はメジャーによる〈新シャーロック・ホームズの冒険〉シリーズの第二作に当たる作品だ。前作ではアビゲイル・ムーンという人気ミステリ作家が持ち込んだ奇妙な依頼に挑んだホームズとワトスンのコンビだが、本書の依頼人もこれまた風変わりで、しかも実在の人物である。
 依頼人の名はエドワード・マイブリッジ。一八三〇年にイギリスのキングストン・アポン・テムズに生まれたこの人物は、移住先のアメリカでカリフォルニア州知事からの頼みで、馬の動く姿を連続で分解してとらえることに成功した。さらにマイブリッジは馬の動きを、「ズープラクシスコープ」という装置を使って投影する技術を作り、活動写真の誕生に大きな影響を与えた。まさに世界の映像史に名を残す写真家なのだが、同時に彼は妻の愛人を射殺して一時期は刑務所で過ごしたという、スキャンダラスな一面も併せ持つのだ。こうした数奇な運命を辿たどった歴史上の人物が一八九六年三月、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスン博士が同居するベイカー街二二一Bで対面するところから物語は始まる。
 実在の著名人とホームズが絡むパスティーシュの例は数多い。例えばクリスマスをテーマにしたアンソロジー『シャーロック・ホームズ 四人目の賢者 クリスマスの依頼人Ⅱ』(ピーター・ラヴゼイ他著、日暮雅通訳、原書房)では、オスカー・ワイルドやオー・ヘンリーといったホームズと同時代を生きた文化人たちが続々と登場する。日本ではしまそう『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』(光文社文庫)、やなぎこう吾輩はシャーロック・ホームズである』(角川文庫)と、ロンドン留学経験のある文豪・なつそうせきを絡めたものが書かれている。なかにはまつおかけいすけ『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』(講談社文庫)のような意外な組み合わせの作品もあり、各国で自由な発想のもと、たいの名探偵と偉人が結びつく物語が刊行されているのだ。
 だが、実在の人物との共演で言えば、ヴィクトリア朝時代のロンドンを恐怖に陥れた〝切り裂きジャック〟との対決を抜きには語れないだろう。エラリイ・クイーン『恐怖の研究』(大庭忠男訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)、マイケル・ディブディン『シャーロック・ホームズ対切り裂きジャック』(日暮雅通訳、河出文庫)、エドワード・B・ハナ『ホワイトチャペルの恐怖 シャーロック・ホームズ最大の事件〈上・下〉』(日暮雅通訳、扶桑社ミステリー)などなど、古今東西あらゆるミステリ作家が切り裂きジャックとホームズを戦わせている。切り裂きジャック事件はホームズ物語の第一作『緋色の研究』から第二作『四つの署名』が書かれる間に起こったが、ホームズの物語には〝切り裂きジャック〟事件への言及が一切ない。こうした部分が作家の想像を刺激し、ホームズの「語られざる事件」として着想が生まれるのだろう。
 話を『顔のない男たち』に戻そう。エドワード・マイブリッジがシャーロック・ホームズの下を訪ねたのは、自身が何者かに脅迫されているので、その脅迫者の正体を突き止めて欲しいという調査依頼を行うためだった。マイブリッジいわく、連続写真の講演中に映写した自身の顔に傷が付けられていたり、街中で馬車にかれそうになるなど、何度か身に危険を感じた時があるという。講演中に使った映写機を調べたところ、〝RIP〟という文字がひっかききずとして残されていた。
 エドワード・マイブリッジなど実在の人物や時代背景に関する考証については著者あとがきが、コナン・ドイルの正典との関連については訳者あとがきに記載があるので、そちらをご参考いただきたい。ここではミステリとしての構造や技巧について言及しておこう。本書ではホームズとワトスンが調査を進める内に、幾つかの不可解な謎をはらんだエピソードが出てくる。それらが一体どのようにつながっているのか、判然としない部分もあるまま物語が進行していく。しかし、やがてホームズが謎解きを始めた途端に大きな一つの絵が浮かび上がり、読者を驚嘆させるのだ。小さな謎を一つずつ解明することで、全体像を結んでいく楽しさが本書にはある。
 本格謎解き小説としての評価軸で言うと、手掛かりの配置が絶妙である点を称揚しておきたい。謎を解くために、読者は各所に配置された手掛かりが、それぞれ推理のどの部分で使うべきものかを検討しながら読み進めることが求められているのだ。手掛かりのき方について、かなり細やかな神経を作者は使っているように思う。
 火星で起きた密室殺人を描いたSFミステリ〝Universal Language〟に関するインタビュー(https://www.runalongtheshelves.net/interviews/2021/4/8/interviewing-tim-major)のなかでティム・メジャーは「物語の全体像を綿密に作り上げた後、さらに手掛かりの種を撒く」といった趣旨の発言を行っている。つまりは謎解きにおける手掛かりについて、並々ならぬこだわりを持っている作家であるということだ。何よりも手掛かりの配置に関する技巧を重視する姿勢は、本格謎解き小説のファンは好感を持って受け止めるのではないだろうか。
〈新シャーロック・ホームズの冒険〉シリーズは、現時点では三作まで刊行されている。次作の『Sherlock Holmes & The Twelve Thefts of Christmas』では、ホームズ物語史上、最も忘れられぬキャラクターであるアイリーン・アドラーの名前がついに内容紹介に登場している。キャロル・ネルソン・ダグラスによる『おやすみなさい、ホームズさん アイリーン・アドラーの冒険〈上・下〉』(日暮雅通訳、創元推理文庫)など、アイリーンを主役に据えたパスティーシュも多いが、それ故にティム・メジャーがどのように物語を仕立て上げているのか、邦訳が待ち遠しい。

作品紹介・あらすじ



新シャーロック・ホームズの冒険 顔のない男たち
著者 ティム・メジャー 訳者 駒月 雅子
定価: 1,408円 (本体1,280円+税)
発売日:2023年06月13日

名コンビが、映画誕生期に起きた怪事件を追う!
「“小さな謎”が結びつき、読者を驚嘆させる」 若林踏(書評家)
気鋭の英作家によるシャーロック・ホームズ、パスティーシュ第2弾

映画の先駆けとなる〈動く写真〉の発明で名声を博したマイブリッジがベイカー街を訪れた。何者かに脅迫され命を狙われているという。
調査に乗りだした探偵ホームズとワトスン医師。講演会でマイブリッジの画像に疵と“地獄行き”の文字が浮かび、観客の悲鳴が上がる。
その頃、ロンドンから離れたある館では火事で青年が焼死していた。2つの出来事につながりはあるのか?
名コンビが躍動する迫力のパスティーシュ。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322212000941/
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